第56回日本作業療法学会

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一般演題

脳血管疾患等

[OA-11] 一般演題:脳血管疾患等 11

Sat. Sep 17, 2022 1:40 PM - 2:40 PM 第2会場 (Annex1)

座長:髙見 美貴(秋田県立リハビリテーション・精神医療センター)

[OA-11-2] 口述発表:脳血管疾患等 11重度失語と重度麻痺を呈した症例に対し心理社会面に焦点を当てて主体的な作業への参加につながった介入

山本 将也1宮崎 翔1小林 幸治2 (1.医療法人社団アルペン会 アルペンリハビリテーション病院リハビリテーション部, 2.目白大学保健医療学部作業療法科)

【はじめに】重度失語症と身体障害を有し,方針が施設退院である場合,作業療法士として対象者の動機付けを行うことは非常に困難と捉えられることが多い(小林ら,2019).今回,重度失語症と身体障害があり離床拒否が強かった事例(以下,A氏)の回復期作業療法(以下,OT)で,心理社会面に焦点を当てた介入方針に修正して関わった結果,主体的な作業への参加が可能になった為,以下に報告する.発表に当たり,事例には承諾を得ている.利益相反はない.
【事例紹介】80代前半女性A氏,脳出血(左被殻)を発症し,保存的治療された.現病歴は発症31日で当院へ転入院.既往に両側変形性股関節症(右人工骨頭置換術)があり,T字杖で屋内外歩行自立だったが,転倒を繰り返していた.夫と2人暮らしで,息子夫婦とも関係良好であった.家族の意向から施設退院が決定していた.
【作業療法評価】入院時は離床拒否が強く,無気力だった.右側の運動機能はSIAS-motor(0-0,0-0-0),重度感覚鈍麻の疑い,言語機能はボストン失語症診断テスト1(断片的な発話.聞き手が推断・憶測し,尋ねる必要がある)であり,面会は顔を見るだけだった.ADLは座位保持困難,トイレ2人介助であり,起立や立位では強い恐怖心を示した.OTでは,基本動作の介助量軽減を目標に起居・移乗練習を行った.
【経過】約1か月経過したが,訓練拒否や交流状況に変化はなかった.そこで,A氏との関わり方を見直す必要があると考え「脳血管障がい者への心理社会的援助メソッド(PSMS)」(小林ら,2015)を用いて支援を焦点化した.PSMSは「生物-心理-社会モデル」という多元的な視点のうち,対象者の心理社会面に焦点を当て,対象者の人生物語の観点から生活再編を検討する方法である.過去の情報は息子へ面接し,他者交流や手芸作品を孫にプレゼントすることが楽しみだったと聴取.現在は,作業選択意思決定支援ソフト(ADOC)を用いた面接を行い,作業を「大事」か「大事ではない」に分類すると,「編み物」と「家族との交流」を「大事」と分類した.そこで,重度失語症と身体障害を有し,意思疎通困難によるストレス,起立・立位での恐怖心,家族交流の喪失により絶望していると推察した.その為,OTでは①A氏が理解しやすい会話方法の検討,②恐怖心を高めない起立・立位練習,③A氏が行いたいと意思表示した作業の協働,④A氏と家族を結びつける支援に焦点を当て,信頼関係を築きながら介入した.
【結果】①会話はA氏の感情を共感的に言語化することで作業の意図が伝わり,協力的になった.②起立・立位練習は,接触面を増やした介助方法に統一することで離床拒否が減少.約2か月経過時には訓練に積極的となり,端座位が安定,トイレは1人介助で可能となった.③そこで,A氏が大事と分類した編み物を協働して取り組んだ.作品を家族へ渡す時は,笑顔で「できたよ」と報告していた.
④家族面会時にはコミュニケーションパートナーとなることで会話が一部可能となった.病棟生活では挨拶やレクリエーション参加の頻度が増加した.協働した作業は,自己選択できるようメニューを作成して施設へ申し送った.右側の運動機能や感覚障害に変化はなかった.
【考察】主体的に作業を選択できるために,対象者が安全に試行錯誤できる環境や機会を確保することや,対象者と共に成功体験を積み,自己効力感の向上につなげる必要がある(2020,池田・笹田).A氏は重度失語症と身体障害があり動機付けが難しかったが,PSMSを用いることでA氏の大切にしていた作業に気づき,意味のある作業の成功体験を積むことで主体的な作業への参加に繋がったと考える