第56回日本作業療法学会

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一般演題

地域

[ON-7] 一般演題:地域 7

Sat. Sep 17, 2022 3:10 PM - 4:20 PM 第3会場 (Annex2)

座長:宮寺 亮輔(群馬医療福祉大学)

[ON-7-3] 口述発表:地域 7役割の再獲得に向けて取り組んだ「塗り絵はがき」を用いた効果的な関わり

伊藤 正敏1久保 雅邦2山本 泰雄3 (1JA三重厚生連三重北医療センター菰野厚生病院リハビリテーションセンター,2医療法人紀南会熊野病院作業療法科,3鈴鹿医療科学大学リハビリテーション学科)

【はじめに】役割の有無は精神的な健康状態と関連がある(杉浦,2015).また,吉川(2000)は,役割には本人にとっての独自の意味と目的があると述べている.今回,夫の死去や交流の希薄化により,うつ症状や書痙の症状の悪化,さらには役割を継続できなくなった事例に対して「塗り絵はがき」を用いた介入を試みた.結果,目標に対する満足度とうつ症状の改善が認められた為,考察を交えて報告する.なお,本症例に対し,発表の趣旨及び目的について説明し同意を得た.
【塗り絵はがきについて】一般社団法人三重県作業療法士会が,「自宅でできる楽しみの提供」と「他者とのつながり支援」を目的に作成したものである.はがきの裏には名所の画像を加工した塗り絵の原画,表にはメッセージ欄がある.
【事例紹介】80歳代女性A氏.独居.ADL・IADL自立.数年前の夫の死去より不安が強く書痙症状が出現.その後,転倒を機に症状が悪化し,外来作業療法が開始.A氏の夫は寺の住職で,夫の死去後A氏は檀家と手紙で交流していたが字がうまく書けず悩んでいた.感染予防で外出頻度は減り,以前よりも人と接する機会が減少した.
【作業療法評価】 上肢MMT4,握力14/12kgf.感覚障害なし,NFN+/±.ADL・IADLは自立.「檀家さんに手紙を書く」満足度2/10・実施度0/10.書き始めや署名時に震えが強くなる.簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J)は16/27点(重度)であった.
【経過】Ⅰ期(開始時X):目標設定に向けた関わり
 「字を書く時震える」という症状で悩んでおり,ナラティブリーズニングにて「この字では読んでもらえない」「檀家さんとのつながりのため」「夫から託された役割」などの想いを把握した.「檀家さんに手紙を書く」ことを合意目標とした.
Ⅱ期(X〜3M):道具の工夫
 震えを防止するために前腕部に重錘を付けて練習や,ペンの持ち手部分にスポンジハンドルを差し,フィッテングを高めることで若干ながら震えの軽減が認められた.A氏はうまく書けないことを実感しやや落ち込む場面も見られた.
Ⅲ期(X+3〜6M):塗り絵はがきの活用
 書字よりも鉛筆操作の自由度が高い塗り絵を用いた.字の正確さに変化はなかったが,送る相手を想像し,自ら塗り絵の題材を選ぶ過程から,書字の時よりも楽しそうに練習され,宛名とメッセージ欄にも自筆し,檀家さんへ送付された.
Ⅳ期(X+6〜10M):主体的な活動の広がり
 塗り絵はがきをきっかけに「友人と電話で交流することになった」と笑顔で話された.この経過を振り返り,筆者はA氏と目標の達成度を確認し,A氏が「できていることの実感」を促した.
【結果】上肢MMT4,握力13.5/11kgf,NFN±/±.目標に対する満足度7/10・実施度8/10.QIDS-J10/27点(軽度)へと変化した.字は当初と大きな変化はなかったが,塗り絵はがきを檀家さんへ手渡す,写経をする,便箋で手紙を書くなど他の活動にも転移した.
【考察】書痙を抱え夫から託された役割が実行できなかった事例に対し,「塗り絵はがき」を用いた介入を試みた結果,書痙の症状に変化はなかったものの役割が再獲得できうつ症状の改善が認められた.経過を振り返ると,①「正確に字を書く」よりも「檀家さんとの繋がりを保つ」という作業に焦点を当てた支援に変更したこと,②ナラティブリーズニングを通してA氏の発言の背景を把握するよう努め,共に目標を設定したこと,③悲観的になる様子をみて,楽しみながらでき,目標にも繋がる塗り絵はがきを用いたことが有効であったと考える.大松ら(2013)の「意味のある作業を行うことが作業遂行状態の改善となり健康状態に良い影響を与える」という示唆を裏付る結果となった.