第56回日本作業療法学会

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一般演題

基礎研究

[OP-2] 一般演題:基礎研究 2/内科疾患 1

Fri. Sep 16, 2022 3:40 PM - 4:50 PM 第5会場 (RoomB)

座長:東 登志夫(長崎大学)

[OP-2-3] 口述発表:基礎研究 2/内科疾患 1自己ペースタッピングで生じるrepeated rate bout enhancementは楽器演奏経験により抑制される

伊藤 佳奈実1堀之内 峻之1松本 卓也12渡邊 龍憲1桐本 光1 (1広島大学大学院 医系科学研究科感覚運動神経科学教室,2日本学術振興会 特別研究員)

【背景】
repeated bout rate enhancement(RBRE)とは,自己の快適なペースで行うタッピングの頻度が,休息後の2セッション目に上昇する現象のことである(Hansen et al, 2015).一方,自己ペースで行うタッピングのリズム安定性が高い楽器演奏経験者(Repp et al, 2010; Janzen et al,2014)においてもRBRE現象が生じるか否かは明らかとなっていない.反復する指運動でロバストなリズム生成能力を有する楽器演奏者では,RBRE現象の発生が抑制されることが推測される.RBRE現象の発生と楽器演奏経験との関係性を明らかにすることは,RBRE現象の発生,及び楽器演奏経験による優れたペーシング能力の獲得に関する神経生理学的機序の解明に貢献する可能性がある.
【目的】
本研究では,RBRE現象が楽器演奏経験者において生じるか否かについて明らかにすることを目的とした.
【方法】
楽器演奏経験者8名(男性1名,平均年齢21.8 ± 1.0歳,平均演奏年数10.9 ± 3.7年)と楽器演奏未経験者7名(男性5名,平均年齢25.9 ± 5.1歳)が本研究に参加した.楽器演奏者の経験楽器はピアノ,管楽器,弦楽器,打楽器,琴であった.被験者は安楽な座位をとり,前腕回内位にてフォースセンサ上で右示指を用いた3分間の自己ペースタッピングを,10分間の休息を挟み2回行った.被験者は「自分の好きなペースで」「指に意識を向けず何か他のことを考えて」タッピングを行うよう指示が与えられた.フォースセンサ信号からタッピングのオンセットを検出し,1分あたりのタッピング数をタッピング率として算出した.先行研究に準拠し,2回目のタッピング率が1回目に対して3%以上増加した場合,RBREが生じたと定義した.本研究はヘルシンキ宣言に則った内容で計画され,所属機関の疫学研究倫理審査委員会承諾を得て実施した(第E-2549号).参加者は研究内容に関する説明を十分に受け,書面にて参加に同意した.
【結果】
RBREは未経験者7名中6名,演奏経験者8名中1名で生じた.未経験者は2回目に有意なタッピング率の上昇が認められた(1回目:115.1 ± 56.4 taps/min,2回目:127.1 ± 58.7 taps/min,p =0.03)一方で,演奏経験者はタッピング率の有意な変化は認められなかった(1回目:96.1 ± 28.2 taps/min,2回目:91.8 ± 31.2 taps/min,p = 0.33).また,各試行を1分ごとに分割してタッピング率の変化を調べたところ,試行内で有意な変化は認められなかった.さらに,演奏経験者は経験年数が長いほどタッピング率の上昇が小さい傾向が認められた(r = 0.476,p = 0.07).
【考察】
本研究の結果から,RBRE現象は楽器演奏経験者では生じにくくなることが示唆された.RBREが生じやすい演奏未経験者では,自己ペースタッピングの制御に関与する大脳基底核-補足運動野-一次運動野ループの同期した活動(Taniwaki et al,2003)が変調し,快適ペースタッピングにおける時間軸を変化させた可能性があると推察した.一方,タッピングペースの乱れと補足運動野の興奮性増大には関連があること(Kawashima et al, 1999),演奏経験者は未経験者と比較してタッピング時の補足運動野の活動が小さいこと(Jäncke et al, 2000)から,演奏経験者ではこれらの脳領域の活動が休息前後で維持され,一定のタッピングペースが保たれた可能性が考えられる.今後は脳機能イメージング手法を用い,RBRE現象の発生および楽器演奏経験によって獲得される優れたペーシング能力に関与する詳細な神経基盤を明らかにする必要がある.