第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

精神障害

[PH-7] ポスター:精神障害 7

2022年9月17日(土) 13:30 〜 14:30 ポスター会場 (イベントホール)

[PH-7-5] ポスター:精神障害 7長期入院の統合失調症患者における「たたき染め」の治療効果の事例検討

唾液アミラーゼ・血圧・脈拍の測定値を用いて

江口 喜久雄1中山 広宣1 (1九州保健福祉大学保健科学部作業療法学科)

【序言】作業療法で行われる木工の釘打ち,陶芸の土練,革細工のスタンピングなどに含まれる「創作的なたたき」という行為は臨床心理学的には衝動性の発散などに有効とされているが生理学的に検証されたものは少ない.
【研究目的】本研究の目的は,作業活動で用いる「創作的なたたき」の一つである「たたき染め」によるストレス発散の効果を生理学的に検証して,科学的根拠に基づいた作業療法(EBOT)に貢献することである.
【対象】統合失調症で閉鎖病棟に長期間入院(入院年数46年)している70歳代の女性1名である.病院内寛解状態で,日常生活は自立し精神状態も安定している.現在の薬物量はクロルプロマジン換算値700mgである.
【方法】今回の「たたき染め」では,若葉の緑臭さを嫌う対象者もいるためアップルミントを用いた.使用する道具は,ゴム版,木槌,ガーゼ,アップルミントの葉(縦5cm程度,幅3cm程度)3枚とした.3枚の葉をガーゼで挟み,「ガーゼに葉の形が出るまでたたいてください.」と見本をみせながら指示を行った.実施時間は5分程度と設定し,本人が完成と判断した時点で終了とした.たたき染めの効果を検証するための評価指標は,唾液アミラーゼモニター(ニプロ(株))を用いてストレス値を,上腕式血圧計(シチズン)を用いて血圧,脈拍を測定した.測定は活動前後に3回ずつ実施し,平均値を算出した.また,今回の活動は,2週間程度間隔をあけて3回実施したが,この期間に生活上のエピソードや症状の変化及び薬物の変更はなかった.
 本研究は所属先の倫理委員会の承認(受理番号:19-021)を得ており,施設長ならびに本人からも口頭と書面にて同意を得ている.なお,COI関係にある企業等はない.
【結果】各評価指標と各回の活動前後の平均値について,唾液アミラーゼは3回とも活動後に低下した.血圧は最高血圧も最低血圧も正常域で大きな変化は認められなかったが,最高血圧において1回目と2回目の活動後に低下した.脈拍も大きな変化はみられなかった.また,実施時間は,1回目は3分52秒,2回目は4分36秒,3回目は4分50秒であった.
【考察】「たたき」の治療的効果に関する先行研究では,革細工でのスタンピングの作業が,攻撃性の発散に役立った可能性があるという報告(山本敦子ら,2014)がある.また,リズム運動によりリラックス効果が検証された報告もある(有田秀穂,2015).今回,「たたき染め」によって唾液アミラーゼの数値が低下したことは,リズミカルに繰り返したたくという「創作的たたき」がストレス(衝動)発散に有効であることを生理学的に示唆していると考える.そして,血圧,脈拍に変化が認められなかったということは,活動後の唾液アミラーゼの結果は身体的負荷の影響を受けることなく,心理的ストレス発散の効果を純粋に反映していると考えられる.
 以上より,「たたき染め」は閉鎖病棟長期入院の統合失調症患者のストレス(衝動)発散に有用であることが生理学的に示唆された.今後は,「創作的なたたき」という行為が含まれる作業活動の治療効果を生理学的に検証することで科学的根拠に基づく作業療法実践につなげたい.
【研究の限界】唾液アミラーゼや血圧などの生理学的指標は,個体の内的・外的要因の変化の影響を受けやすく,データのばらつきが生じやすい.本研究は1事例で生活上の変化(エピソード)は認められなかったが,生活状況を詳細に観察することには限界があった.今後は症例数を増やして疾患別・症状別に統計学的に治療効果を検証することが課題である.