第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

認知障害(高次脳機能障害を含む)

[PK-4] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 4

2022年9月16日(金) 15:00 〜 16:00 ポスター会場 (イベントホール)

[PK-4-1] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 4視覚性注意障害を呈した事例に対するパソコン操作再獲得を目指した介入

石川 志帆1細川 大瑛23林 純子1 (1済生会神奈川県病院,2国立病院機構仙台西多賀病院,3東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学分野)

【はじめに】視覚性注意障害とは,一度に限られた数の対象しか同時に知覚できない症状である.現代社会においてスマートフォンやパソコンといった情報端末の操作は多くの業種で必要不可欠だが,視野内の対象物を注視した際にその周辺にも注意が向かなければ極めて困難な作業である.今回,多発性脳梗塞により視覚性注意障害を呈した事例に対し,視覚性注意課題の実施によりパソコン操作の改善を認めたため報告する.尚,本発表は本人に文書にて同意を得た.
【事例紹介】50歳代の右利き男性.発熱後に手足の痺れや目の見にくさを自覚し,8病日に失語症を認め救急搬送された.感染性心内膜炎による多発性脳梗塞(両側頭頂葉を主とし両側小脳を含む散在性梗塞)の診断で当院入院となった.特記すべき既往歴なし.妻と2人暮らしで,大学卒業後からIT関連会社でパソコン業務に従事していた.趣味も,スマートフォンやタブレットを使用していた.
【評価】事例は介入当初,「何も問題ない」と述べたが,16病日スマートフォンが操作出来ないことに気付いてから「視力が落ちた気がする」と語った.明らかな運動麻痺や協調運動障害,感覚障害はなかったが,右同名半盲を認めた.発話に著明な問題はなく,複雑な内容で混乱する程度の言語理解障害を認めた.MMSE-Jは16/30点で,連続減算など注意機能の項目で失点した.標準高次視知覚検査(VPTA)では,複数のものを同時に知覚する「数の目測」「形の弁別」に時間を要し,「錯綜図」では一部のみ解答した.注意機能は数唱が順7桁(6.4),逆2桁(4.4),視覚性スパンが正順5桁(5.8),逆順2桁(4.9)で,ワーキングメモリー低下を認めた(同年代平均桁数).歩行を含めたADLは概ね可能だったが,必要な物を探せないことが多く見守りを要した.点滴棒を掴む際に手がずれて掴み損ね,スマートフォンではキーからずれた位置をタッチした.パソコンのキーボード操作ではターゲットのキーを探すことに時間を要し,手早くタイプするとターゲットと異なるキーを押した.カーソルの探索も時間を要し,修正作業の際には正しい文字までも削除した.
【方針と経過】復職と趣味活動再開のため,パソコン操作再獲得を目指すこととした.VPTAの結果,ワーキングメモリー低下と,正しいターゲットを探し正確なタイプが困難であることから,多くの対象を視覚的に同時に認識できないこと,それにより必要な対象の選択に時間を要すことが,パソコン操作を困難にしていると考えた.介入では視覚的にターゲットを探索する課題,カウントする課題等を行い,徐々に数を増やした.実動作では,正確にタイピングするためにキーを確認して打つこと,誤った箇所を確認して修正することを指導した.
【結果】右同名半盲に加えて左視野もまだらに欠損していた.VPTAの「数の目測」「形の弁別」は時間内に正答し,「錯綜図」は全て認識可能となった.数唱は順8桁,逆3桁,視覚性スパンが正順5桁,逆順4桁と全体的に改善した.パソコン操作はターゲットの探索速度向上,キーの押し間違い減少,失敗した箇所のみ修正するといった変化を認めた.事例は「速く打つとミスが多い,ゆっくり確実に打つと速く打てる」と語り,自身の症状を認識した上で誤りの少ない方法を選択するようになった.
【考察】本事例は,視覚性注意障害によりキーボード操作が困難となっていた.時間を要してもキーを確認して打つ習慣が身についたことで,失敗を減らし,誤った箇所のみの修正が可能となった.詳細な視覚認知及び注意機能の評価と実動作訓練により,事例の症状理解が深まり,対応策を身につけたことがパソコン操作の改善に至った要因と考える.