第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

脳血管疾患等

[OA-4] 一般演題:脳血管疾患等 4

2023年11月10日(金) 14:30 〜 15:30 第2会場 (会議場A1)

[OA-4-3] 脳梗塞後の上肢ジストニアに対して圧刺激の感覚トリックが有効であった症例

細川 大瑛1,2, 馬場 徹3, 杉村 容子3, 飯島 悠平1, 武田 篤3 (1.国立病院機構仙台西多賀病院リハビリテーション科, 2.東北大学大学院医学系研究科高次機能障害学分野, 3.国立病院機構仙台西多賀病院脳神経内科)

[はじめに] ジストニアは持続的で不随意な筋収縮により異常な運動や姿勢を生じる運動障害であり,日常生活や社会生活が阻害される.神経変性疾患や脳血管障害などの原因疾患に伴うジストニアは,大脳皮質-基底核-視床といった脳の複数領域を結ぶ運動ネットワークの異常と考えられている.ジストニアの一部は特定の感覚入力で症状が改善する感覚トリックを認めることがあるが,そのメカニズムは不明である.今回,右上肢に局所性ジストニアを生じた症例(以下,症例)に対し,弾性包帯で圧刺激を加えると症状が改善した.この感覚トリックを利用して生活動作訓練を実施し,上肢機能が改善しただけでなく弾性包帯を除去しても一定期間の症状改善を認めた.患者に発表の目的や倫理的配慮について説明し,文書による同意を得た.
[症例] 70歳代女性右利き.息子と二人暮らしで,簡単な家事や庭の手入れをして過ごしていた.X-4年に右前腕が不随意に回内するような動きが出現した.X-1年前に右肩の痛みが現れた.X年,症状の原因検索とリハビリテーションを目的に当院へ入院した.脳神経画像で左尾状核に陳旧性脳梗塞巣を認め,その他に症状を説明しうる所見を認めず脳梗塞後ジストニアと診断された.内服薬はリボトリール2.5mg/日であった.
[初期評価] 右手指関節を除くほぼ全ての上肢の運動は共収縮と不随意運動に支配されていた.右肩・肘関節の伸展と手関節掌屈位が定型的肢位で,前腕回内を素早く繰り返す不随意運動を認めた.標準的な上肢機能評価は実施できず,日常生活のほとんどを左手のみで遂行した.左上肢に機能的な問題はなかった.認知機能はMini-Mental State Examinationで26/30点であった.表面筋電図では,安静時でも右上腕及び前腕筋群に不規則な共収縮を認め,随意運動時では拮抗筋の筋収縮が確認された.右側臥位の肢位で症状が改善し,衣類が腕に触れる刺激や左手で右上肢に触れる刺激では改善しなかった.
[介入] 側臥位で自重が右上肢に加わると症状が改善したことから,圧刺激が感覚トリックに有効ではないかと考えた.右上肢全体を軽く圧迫するように弾性包帯を装着したところ,症状改善を認めた.この状態で簡単な物品操作練習や日用品の使用練習を実施した.認知機能検査などの精神的負荷や,長時間の歩行・上肢使用による疲労でジストニア症状が悪化したため,日常生活では十分な休息をとること,右上肢に負荷をかけすぎないことを提案した.
[結果] 右上肢の随意性は大きく改善し,機能評価が可能となった.Box & Block Testは40個/59個,握力は16.9kg/12.1kgであった(全て右/左で表記).弾性包帯がなくても右上肢で書字や箸・はさみ操作が可能となり,概ね全ての日常生活動作で右上肢が参加できるようになった.内服薬に変更はなかった.
[考察] ジストニアは感覚-運動連関の異常と考えられているが,感覚入力が基底核を含む運動出力系の回路の中でどのように処理されているかは明らかでない.症例は左尾状核に病変を認め,これがジストニア出現に関連していると考えられた.症例は上腕及び前腕への圧刺激でジストニアが改善する感覚トリックを認め,入院期間中は圧刺激を除去しても症状改善が持続した.過去にも,感覚トリックを用いた治療効果が持続したとする報告がある(Bain et al,2009).症例に神経生理学的な検討は行っておらず症状改善前後の筋収縮パターンの変化は検討できないが,弾性包帯による圧刺激が感覚-運動連関を正常な状態へ近づけたと推定される.ジストニアに対するリハビリテーションでは,積極的に有効な感覚トリックを探索し,知見を蓄積することで病態解明に資すると考えられた.