第57回日本作業療法学会

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ポスター

脳血管疾患等

[PA-4] ポスター:脳血管疾患等 4

Fri. Nov 10, 2023 3:00 PM - 4:00 PM ポスター会場 (展示棟)

[PA-4-5] 複数の高次脳機能障害を呈した急性期皮質下出血患者に対するADLの改善に向けた取り組み

稲垣 杏太, 後藤 雪絵, 伊藤 路子, 大西 友香, 森脇 繁登 (島根大学医学部附属病院リハビリテーション部)

【はじめに】今回,注意障害,失行,失語,失認など複数の高次脳機能障害を呈した急性期の皮質下出血患者を担当した.患者に対して改善を目指す日常生活動作(以下,ADL)項目を限定し,知覚可能な感覚モダリティであった体性感覚を用い,エラーレスラーニングや鏡を用いた視覚的フィードバックにより,整容動作や食事動作の改善に至った.一連の経験より,急性期の失語や失認を伴う失行症患者に対する作業療法プロセスについて考察する.
【倫理的配慮】口頭および書面にて,本人およびご家族に説明のうえ同意を得た.
【症例紹介】80歳代,女性.体調不良を訴え,頭部MRI検査にて,左頭頂葉皮質下出血(左頭頂葉〜側頭葉〜後頭葉)と診断された.運動麻痺は右上下肢Brunnstrom stage V,中等度の感覚障害が推察された.右身体は過緊張で有意味な運動は観察されなかった.高次脳機能障害は,全般性注意障害,右同名半盲を伴う右半側空間無視に加え,失語や失認,失行を呈していた.失語は単語の理解や表出,状況理解がわずかに可能だった.失認は,視覚失認と右身体失認が疑われた.左手に物品を持たせ言語教示することで,対象物の理解は可能であった.失行の精査は困難だったが,物品操作ができず観念失行の症状が観察された.眩暈により離床ができず,ADL全般に介助が必要であり,患者は「ダメね」と発言することが多かった.
【方法と経過】
発症2病日:作業療法を開始した.失語や視覚失認により言語や視覚からのアプローチは困難と判断し,体性感覚を用いた関わりから開始した.まず身近な本人の持ち物である櫛を使用し,左手に持たせること,頭にリーチすることを徒手誘導し,「櫛です.頭に持って行く」と声掛けをしながら体性感覚と言語の統合を図った.12病日:同様の方法でコップでの飲水訓練や,スプーンを口元へリーチする訓練を開始した. 使用する物品を手渡す際は,左から右空間へ徐々に移動し右空間へ視覚的注意を向けるよう工夫した.また右手でも物品を使用する訓練を行い,右身体へも注意を向けるよう促したが改善は乏しかった.15病日:左手で櫛の使用が可能となった.20病日:スプーンの使用は,誘導で口へリーチすることが可能になったが,皿に注意が向かず物品を掬うことは困難であった.24病日:訓練室へ離床することができ,全身鏡の前に座ると「あら,こっちが見えにくい」と右身体や右空間へ注意が向くようになり,右上肢の自動運動が観察された.また,机上の皿にも注意を向ける範囲が広がり,左手でスプーンを使用し食事を摂ることが可能となり,笑顔が増えていった.28病日:回復期病院へ転院となった.
【考察】急性期の脳血管障害においては,注意障害をはじめ複数の高次脳機能障害が観察されることがある.特に失認や失行はADLを低下させる主要な要因となる.しかし治療は確立されておらず,特に急性期での報告は少ない.一般的に失行の訓練はエラーレスラーニングと考えられており,運動学習には体性感覚の関与が重要である.また集中的に訓練をした整容動作や食事動作は,習得する可能性が高いとの報告もある.本症例は,発症初期の状況理解が乏しい中,獲得を目標とするADL項目を限定し,注意機能の賦活を図りながら知覚可能な体性感覚によるエラーレスラーニングを実施したことが,動作の改善につながったと考えた.加えて,全身鏡を用い身体の視覚的なフィードバックをすることが,右身体や空間へ注意を向けるきっかけになり,よりADLの早期改善に繋がったと考えた.患者の状態が変動しやすい急性期では系統立てた評価や訓練が難しい中,訓練に有効な感覚モダリティの選択やフィードバック方法の検討など,多面的かつ柔軟なアプローチが重要だと示唆された.