第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-5] ポスター:脳血管疾患等 5

2023年11月10日(金) 16:00 〜 17:00 ポスター会場 (展示棟)

[PA-5-1] タクシー運転手への復職にドライビングシミュレータ訓練が功を奏した急性期脳卒中の一症例

森松 千夏1,2, 外川 佑3 (1.翠清会 梶川病院リハビリテーション科, 2.山形県立保健医療大学大学院保健医療学研究科, 3.山形県立保健医療大学保健医療学部 作業療法学科)

<はじめに>
急性期脳卒中患者における,タクシー運転手の復職にむけた自動車運転再開を目指した実践報告は少ない.今回,脳出血後,職場復帰を希望し,発症4か月後に復職を果たした症例を経験した.本報告では,実車評価が困難な急性期脳卒中患者における病院内での評価訓練の経過,運転再開・復職に至った要因について考察することを目的とする.報告にあたり,本症例より書面で同意を得た.
<症例情報>
症例は60代男性,タクシー運転手,独居である.左被殻出血による右片麻痺を発症し,発症2日目から作業療法を開始した.ニードは「在宅・職場復帰」であり,フルタイム勤務を希望していた.運転環境の聴取から「昼間~夜間」「高速道路(都市)」「市内中心」の運転行動様式であった.身体機能は,BRS上肢V,手指V,下肢Ⅴであったが筋出力の低下が著しく,感覚障害は中等度鈍麻,FIM:58点,HDS-R:27点,MMSE:28点,構音障害を認めた.書字可能となった発症後16日目から開始した神経心理学的検査では,注意機能や処理速度の低下(TMT A:41秒,B:107秒,かな拾い:78.2%)を認め,KBDTはIQ93.2,J-SDSAは運転適性あり(合格式:13.518,不合格式:8.448)であった.ドライビングシミュレータ評価(Honda®,以下DS)では運転反応検査において,同年代比較で「やや優れている」,誤反応回数が「やや間違い多い」,判断の速さは「やや遅い」の判定だった.DSでの両眼エスターマンテストでは左右80度と20度に反応できない部分があった.市街地コースでは,横断歩道左側の子供との衝突イベントを認めた.運転操作課題(視野・単純反応・曲線路)では車線位置がやや右寄りに乱れ,刺激の見落としがC1とA9に見られたが,反応時間は左右空間ともに0.45秒台で大きな遅延はなかった.
<DS訓練介入の経過および結果>
DS訓練では,危険予測体験,総合学習体験,運転操作課題(視野・曲線路)を実施した.タクシー業務は乗客との会話等さらに注意力を要する運転環境が予測されることから,運転反応検査で誤反応回数の多かった選択反応課題も実施した.選択反応課題では1秒以上の遅延を認め,前夜に不眠の状態であると左側の見落としが増えた.タクシー業務を想定した環境下での訓練は「うまく集中できない」と発言があったが観察上大きな問題はなかった.また,現状の身体機能や注意機能の低下の自覚に伴って運転行動も修正されていった.
本人都合により発症後34日で急遽自宅退院となったが,麻痺の増悪なくFIM:124点,BBS:51点,ABMS:30点,かな拾い:89.7%で,構音障害は軽度残存した.本症例は,周囲の物音に注意が逸れやすく,会話を伴う運転や体調不良時に運転パフォーマンスが低下することを認識し,「車間距離を長めにとる」「接客中,音楽は聴かない」といった運転行動を修正する気づきを得た.最終日に実施した会話を伴う選択反応検査では,見落としがC1のみで,車体を車線中央付近に保持できていた.退院後1か月の自宅療養を経て公安委員会提出用診断書を提出し,運転可の判断となった.また,退院後2か月時点より復職を予定していたが,まん延防止措置期間中の会社休業により発症後約4か月後に復職となった.
<考察>
本症例が運転再開・復職できた要因として,DS訓練において,業務を想定した環境下での運転を振り返り,対応方法を共に考える機会を設けたことが挙げられる.本症例のように「今までと違う」ことを自覚し運転行動の修正につながったと考える.