第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

理論

[PO-3] ポスター:理論 3

2023年11月11日(土) 14:10 〜 15:10 ポスター会場 (展示棟)

[PO-3-3] 人間作業モデルの実践の経験が作業療法士の専門性の認識に与える影響

神保 匡良1,2, 笹田 哲3 (1.茅ヶ崎リハビリテーション専門学校, 2.神奈川県立保健福祉大学大学院前期博士課程, 3.神奈川県立保健福祉大学大学院保健福祉研究科)

【背景】高齢化に伴う医療需要の増大により,作業療法士(以下OTR)に求められる役割が変化しており,2018年には作業療法教育最低基準が改定され,作業療法理論の習得の必要性が示された.理論は知識を組織化,発展させる手段だけでなく,専門家の地位確立に向けられたプロセスと見なされ(Law.1989)理論がない場合,実践は知的創造的プロセスではなく,単なる技術の応用になってしまう(Van.1981)とされていることから,理論習得は,専門職の独自性と独立性を保証するものである.ところで,代表的な作業療法理論として人間作業モデル(Model of Human Occupation; MOHO)があり,多くの養成校で教えられている.海外の報告では,MOHOは臨床推論を洗練されたものにし,クライアント中心の実践,職業同一性に影響を与える(Lee.2008)としている.一方,MOHOがOTRに与える影響を報告する質的分析手法を用いた研究は見られていない.今後,作業療法教育の土台を整えていくためには,理論の学びと実践の経験がOTRにとってどのような意味があるのかを探索し,その意義を示していく必要がある.本研究の目的はMOHOの学びと実践がOTRに与える影響を知ることである.
【方法】研究デザインは質的研究を用いた.対象者は,サンプル数1名とし,選定基準は①MOHOを学んだことがあり,かつ,一般社団法人作業行動学会の学会誌である『作業行動研究』に事例・研究報告を提出したことがあるもの②本研究の目的と主旨に同意し,参加する意思があるものとした.データ収集は,半構造化面接とし,インタビューガイドを使用し,個別インタビューを60分間実施した. 分析手法はSCATを用いて分析した.本研究は大学院の研究倫理審査委員会の承認を得ており,研究参加者に個人情報保護と倫理的配慮について説明し同意を得て実施した.
【結果】当初,Aさんは作業的視点を持っていると自認していたが,それはプロセスモデルにより「合理的手続化」されたものであり,「作業に焦点を当てた概念的実践モデルを併用しないプロセスモデル中心の実践」は「作業療法ドメインの制限」をし,身体機能を中心とする客観的データへ偏重させたことで ,主観や意志といった「作業遂行文脈を考慮した作業参加レベルの実践の阻害」をしていた.その結果「客観的データに基づく予後予測と患者の主観的満足度との乖離」を生みだしていた.その後Aさんは,興味や価値,個人的原因帰属などのMOHOの構成概念を認識することで「作業療法ドメインの拡張」をし,人の作業を「複数要素の相互作用によりおこる複雑な現象」だということを理解し,「機械論から全体論への視座の転換」をさせた.Aさんは,これらの学びと実践の経験を,評価から介入まで「作業一色」となったと表現し, これまでの「臨床実践の不足感の解消」をさせていた.このようにAさんは「作業に焦点を当てた概念的実践モデルへの立脚による臨床実践の組織化」により,「作業を中心とした作業基盤の実践」という作業療法士としての「専門職技能」を獲得していた.
【考察】機械論パラダイムによる教育的背景と,プロセスモデル中心の実践は,作業療法のドメインを狭小化していた.その結果,医学モデルは,職業専門性に対し支配的な言説として影響し,直線的思考,客観的データへの偏りといった影響を与え,クライエント中心の実践,作業中心の実践を阻害していた.
MOHOという心理社会学的学術基盤を持つ実践的概念モデルは,機械論パラダイムとの適切な間合いを生み出すことで,医学モデルの支配的な言説から解放し,作業療法ドメインの拡張と,作業的存在としての人間観へと変化させ,その結果,作業モデルの実践適応という,オルタナティブな専門性の獲得へと導いていたと考えられる.