第58回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-5] ポスター:脳血管疾患等 5 

2024年11月9日(土) 15:30 〜 16:30 ポスター会場 (大ホール)

[PA-5-20] 前大脳動脈領域の脳梗塞2症例に認めた上肢運動症状の臨床的特徴

中田 佳佑1, 新島 佑輔1, 杉本 蓮華1, 黒岩 寛史2 (1.社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 回復期リハ科, 2.社会医療法人財団慈泉会 相澤病院 脳卒中脳神経リハ科)

【はじめに】
大脳内側面の病変後に見られる手の運動開始困難や拮抗失行,道具の強制使用などは,運動機能が保たれていたとしても手の意図的な運動制御が困難となることで日常生活の支障となる.これらの症状に対しては体系立った評価方法がなく,臨床症状の詳細や発現機序に関する報告が少ないことは臨床現場の課題である.本報告では,それぞれ左右半球内側面の病変を有する2症例に認めた上肢の運動症状について症状の特徴づけを試みた.
【症例紹介】
症例1は右半球の前大脳動脈領域(ACA領域)の脳梗塞により帯状回から補足運動野に及ぶ病変を認めた発症5日後の40代男性である.左上肢のFugl-Meyer Assessment(FMA)は27点と近位部は重度麻痺を認めたが手関節・手指の運動機能は保たれており,認知機能はMMSE-J30点であった.近位部の運動障害は発症早期に急激に改善し,FMAは61点となったが握った手すりを放すことに苦労が見られた.手関節のタッピング運動では運動開始困難を認め,「どうやって動かして良いか分からない」と訴えた.目の前の物品を見ると「握りたくなる」と衝動を訴えたが,道具の強制使用は認めなかった.症例2は左半球のACA領域の脳梗塞により帯状回や脳梁に病変を認めた発症約1ヶ月後の70代女性である.右上肢のFMAは61点であり,認知機能はMMSE-J23点であった.ADL場面では目の前にナースコールがあると把握衝動が生じ,実際に手に取って押してしまうといった道具の強制使用や両手で1つの物品を持つと両手が拮抗し,放すことができなかった.右手で左手の把持物を取ろうとすると左手は右手から逃げるように振舞い,取ることができなかった.右手に対しては「勝手に動いて困る」「第3者が動かしている」「こんな奇妙なことは誰にも言えない」と訴えた.症例には報告の趣旨を説明し同意を得た.
【評価と症状経過】
2症例の上肢把握動作の特徴づけには,中嶋ら(2015)の先行報告に準拠し,『取る』『保つ』『放す』『移動』の5つの手の基本的な動作を評価した.両症例ともに『取る』『保つ』『移動』『放す(患側手で把持物を対側手や机の上に置く)』ことは可能であったが,『放す』項目に含まれる「投げる」ことは困難であった.『放す(持ち上げた物品を落とす)』では,両症例ともに一度,物品を把持すると「落とす」ことは困難であったが,物品を把持した指は母指を除いて4指のなかで3指までは物品から放すことができた.把持に必要となる指の組み合わせは把持中に意図的に変えることができた(例:母指と示指,母指と中指).これらの症状は患側手にのみ認め,把持する物品や開眼・閉眼といった異なる条件によるパフォーマンスの変化は認めなかった.症状の経過については,症例1では「落とす」は発症18日後に,「投げる」は発症25日後に可能となり,症例2では「落とす」は発症129日後に,「投げる」は発症145日後に可能となった.
【考察】
大脳半球内側面の病変後に認めた2症例の特徴的な上肢運動症状は,類似所見を持ちながらも症例1では運動開始困難と把握障害を,症例2では把握障害や道具の強制使用,拮抗失行,エイリアンハンド症候群(脳梁型)がそれぞれ随伴しているものと考えられた.いずれの手の動作も運動レベルでは動作そのものが保たれていたことから運動機能による説明は困難である.本報告は観察をもとにした症状の特徴分析に留まっており,病態の特定には至っていないことは課題であるが,これらの症状は日常生活上の支障になるだけでなく手の使用に対する満足感にも影響しうるため,今後は評価手法を確立した上で発現機序を明らかにし,介入アプローチに繋げる試みが重要である.