[PA-9-21] 作業ができる自己を認識したことで自己効力感が高まり,母親としての役割が継続できたうつ状態の事例
"【はじめに】左脳幹梗塞による回復期リハビリテーション(以下,リハ)病棟への入院時より,重度のうつ状態であったA氏を担当した.様々な活動を通じて作業ができる自己を認識できた結果,自己効力感が高まり,A氏の母親としての役割継続の実感を促すことができたので報告する.なお,本報告に対し,A氏には発表の趣旨を説明し,同意を得た.
【事例紹介】A氏は70歳代女性.X年Y月Z日にめまいの症状で受診し,左脳幹梗塞と診断された.Z+14日に自室で転倒し,コルセット着用となった.Z+18日に当院回復期リハ病棟へ転院した.Z+21日に胸腰椎圧迫骨折の診断を受け,10日間のベッド上安静が指示された.既往歴はX-3年腰椎圧迫骨折,X-2年うつ病であった.家族構成は次男と二人暮らしで,ADL,IADLは自立していた.
【作業療法評価】運動麻痺や感覚障害は認められなかった.動作時に腰痛とめまいの訴えが聞かれた.FIMは運動項目57点で食事・整容以外は全介助,認知項目32点であった.嚥下に問題はないが「苦みがする」と味覚障害の訴えがあった.簡易うつ症状尺度(以下,QIDS-J)は19/27点で重度であった.
【経過と結果】
関係構築を図った時期 (Z+18~53日):安静後に腰痛は改善し,排泄は自立したが「起きるとめまいが怖い」と排泄以外はベッド上で過ごしていた.A氏は過去のうつ病発症と精神科入院となった経緯を語り「2度と入院は嫌」と話した.作業療法士(以下,OTR)との何気ない会話は続けられたため,A氏の話を傾聴して関係構築を図った.花が好き,と聞けばOTRが折り紙で花を折って飾り,好きな歌手を聞けば,その歌手の曲を流し,A氏が好む環境を整えた.状況に応じ,折り紙を折るなどの簡単な作業を依頼したが「まだいいわ」と遠慮がちに答えた.次男の話題では「炊き込みご飯が好き」「まだ独りで心配」と語り,次男への想いが伺えた.次男との連絡窓口はOTRが担当し,次男はA氏の現状を「心の問題ですかね」と述べていた.味覚障害は改善せず食事量が増えないため,Z+46日に点滴が開始され「こんな苦しいならもうたくさん」と涙ぐんでいた.
退院検討を進めた時期(Z+54~101日):栄養状態の改善が見込めず,医師から次男に精神科転院を提案したが,次男からは「精神科は嫌だと思う」「自宅に退院して精神科を通院」との方向性が示された.A氏は「息子から聞きました」「もっと食べなきゃ」と感想を述べた.自宅退院に向け,生活リズム確立の必要性を説明し,車椅子での食事と洗面所での整容,服薬の自己管理が習慣となった.OTでは広告紙でのごみ箱づくりを提案し「家でも使える」と前向きに作業に取り組んだ.調理練習には消極的だったが,次男が好きな炊き込みご飯を勧めると「それならやりたい」と意欲を示した.退院調整はOTRが担当し,次男と介護支援専門員と退院に向けた準備を進めた.退院時のFIMは運動項目111点で歩行は歩行車使用し自立,認知項目35点,QIDS-Jは7/27点で軽度となった.めまいは軽度,味覚障害は「もう大丈夫」と述べた.
【考察】入院早期に腰痛は軽減し,ADLは改善したが,うつ状態は変わらず, A氏は自身の状況を過去のうつ病発症の体験に照らし合わせ,将来を悲観していたと思われる.次男から自宅退院が示されたことを契機に将来の不安が軽減し,できるADLの習慣化やゴミ箱づくり,調理などから作業ができる自己を認識し,自宅で生活することへの自己効力感が高まっていったと考える.早坂(2000)は「うつ病の最終目標は対象者にとって大切な作業を継続できること」と述べている.A氏にとって,母親としての役割を担えると思えたことが,うつ状態の改善につながったと考える."
【事例紹介】A氏は70歳代女性.X年Y月Z日にめまいの症状で受診し,左脳幹梗塞と診断された.Z+14日に自室で転倒し,コルセット着用となった.Z+18日に当院回復期リハ病棟へ転院した.Z+21日に胸腰椎圧迫骨折の診断を受け,10日間のベッド上安静が指示された.既往歴はX-3年腰椎圧迫骨折,X-2年うつ病であった.家族構成は次男と二人暮らしで,ADL,IADLは自立していた.
【作業療法評価】運動麻痺や感覚障害は認められなかった.動作時に腰痛とめまいの訴えが聞かれた.FIMは運動項目57点で食事・整容以外は全介助,認知項目32点であった.嚥下に問題はないが「苦みがする」と味覚障害の訴えがあった.簡易うつ症状尺度(以下,QIDS-J)は19/27点で重度であった.
【経過と結果】
関係構築を図った時期 (Z+18~53日):安静後に腰痛は改善し,排泄は自立したが「起きるとめまいが怖い」と排泄以外はベッド上で過ごしていた.A氏は過去のうつ病発症と精神科入院となった経緯を語り「2度と入院は嫌」と話した.作業療法士(以下,OTR)との何気ない会話は続けられたため,A氏の話を傾聴して関係構築を図った.花が好き,と聞けばOTRが折り紙で花を折って飾り,好きな歌手を聞けば,その歌手の曲を流し,A氏が好む環境を整えた.状況に応じ,折り紙を折るなどの簡単な作業を依頼したが「まだいいわ」と遠慮がちに答えた.次男の話題では「炊き込みご飯が好き」「まだ独りで心配」と語り,次男への想いが伺えた.次男との連絡窓口はOTRが担当し,次男はA氏の現状を「心の問題ですかね」と述べていた.味覚障害は改善せず食事量が増えないため,Z+46日に点滴が開始され「こんな苦しいならもうたくさん」と涙ぐんでいた.
退院検討を進めた時期(Z+54~101日):栄養状態の改善が見込めず,医師から次男に精神科転院を提案したが,次男からは「精神科は嫌だと思う」「自宅に退院して精神科を通院」との方向性が示された.A氏は「息子から聞きました」「もっと食べなきゃ」と感想を述べた.自宅退院に向け,生活リズム確立の必要性を説明し,車椅子での食事と洗面所での整容,服薬の自己管理が習慣となった.OTでは広告紙でのごみ箱づくりを提案し「家でも使える」と前向きに作業に取り組んだ.調理練習には消極的だったが,次男が好きな炊き込みご飯を勧めると「それならやりたい」と意欲を示した.退院調整はOTRが担当し,次男と介護支援専門員と退院に向けた準備を進めた.退院時のFIMは運動項目111点で歩行は歩行車使用し自立,認知項目35点,QIDS-Jは7/27点で軽度となった.めまいは軽度,味覚障害は「もう大丈夫」と述べた.
【考察】入院早期に腰痛は軽減し,ADLは改善したが,うつ状態は変わらず, A氏は自身の状況を過去のうつ病発症の体験に照らし合わせ,将来を悲観していたと思われる.次男から自宅退院が示されたことを契機に将来の不安が軽減し,できるADLの習慣化やゴミ箱づくり,調理などから作業ができる自己を認識し,自宅で生活することへの自己効力感が高まっていったと考える.早坂(2000)は「うつ病の最終目標は対象者にとって大切な作業を継続できること」と述べている.A氏にとって,母親としての役割を担えると思えたことが,うつ状態の改善につながったと考える."