[PP-2-2] 筆跡に着目した上肢協調運動機能評価の運動学的分析
【はじめに】筆跡はその人の協調性を含む上肢機能の評価に役立つ簡便なツールだが,筆跡が体幹や上肢などからどの様な影響を受けるかその詳細は検討されていない.そこで今回,手の軌跡と姿勢制御が筆跡に及ぼす影響について運動学的観点から明らかにする.【対象と方法】 利き手が右手の40代健常成人男性で,研究の同意が得られた2名を対象とした.本研究は,所属機関の承認を得て実施した(群馬医療福祉大学研究倫理審査委員会:18A-23).本研究では,各筆記課題におけるスマートペンの筆跡と三次元動作解析の位置データの関連性を検証した.筆記課題は1辺10cmの正方形をなぞる描線試験(以下,TTSL),1辺10cmの正方形の対角線をなぞる描線試験(以下,TTDL),直径10cmの円をなぞる描線試験(以下,TTCL)とし,検者が事前にスマートペンと専用用紙で描いた図形の枠線を基線,対象者が描いた線を描線とした.対象者の左手に芯の太さが0.7mmのスマートペン(NEO SMARTPEN社製)を持たせ,B4サイズの用紙の中央に描かれた課題図形をなぞるように指示した.その際,机上で手掌部や指先が作業台に触れないことを条件とした.各図形ともに2回の練習後に,各3回の測定を行った.上肢協調運動機能評価として,描画後アプリケーションに取り込まれた画像データ(PNG)をPCに転送後,画像解析ソフトNIHimage(US National Institutes of Health社製)を用いて面積を算出し,事前に算出していた基線部分を差し引いた面積値(筆跡:ピクセル)を求めた.姿勢制御は3次元動作解析装置(VICON)を用い,第7頚椎棘突起,第3腰椎棘突起,両側の肩峰,上前腸骨棘の計6点にマーカーを貼付し,3次元座標における上部体幹と骨盤のセグメントのX軸,Y軸,Z軸周りのなす角度(TP角度:°)を算出した.スマートペンの筆跡に手先の動きがどの程度関与するかを検討するため,中手骨頭に貼付したマーカーの軌跡長(手先軌道:mm)を観察した.筆跡,TP角度,手先軌道の値の関連性についてPearsonの相関分析を行った.統計学的解析ソフトは改変Rコマンダーver.4.3.2使用し,統計処理における危険率は5%とした.【結果】筆跡はそれぞれTTSL:7720.0±524.6ピクセル,TTDL:4750.8±333.7ピクセル,TTCL:7049.6 ± 885.8ピクセルとなり,筆跡と手先軌道の間に相関関係は認められなかった.体幹角度の変化は,側屈はTTDL(6.5±1.6°),前屈はTTCL(8.2±1.9°),回旋はTTDL(6.1±1.9°)で最大となり,TTCLにおける筆跡(7049.6±885.8ピクセル)と側屈(6.2±1.7°)との間に負の相関関係が認められた(r=-0.836,p=0.037).【考察】今回基線をなぞる実験において,直線よりも曲線や斜線を含む描線課題で体幹の大きな動きを伴うことが確認できた.また,曲線の課題では体幹の側屈運動と負の関連を認めたことから,基線の形状に沿って手先の位置調整を行う際には,安定した上肢運動を可能にする体幹(特に運動側)の筋活動(三浦ら,2012)が必要であるということが示唆された. 筆跡と手先軌道が関連しなかったことから,基線から筆先がずれないように,運筆方向に合わせて手先の複合的な運動によって筆記具を操作していることが推察された.これらは上肢協調運動機能に関連する体幹機能の代償戦略と捉えられ,姿勢の計測と合わせて筆跡を評価することも重要である可能性が考えられた.