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[MIS32-11] 日本の湖沼掘削:琵琶湖と水月湖を中心に
キーワード:国際陸上科学掘削計画, 湖沼掘削, 琵琶湖, 水月湖
国際陸上科学掘削計画(ICDP)において,多数の湖沼掘削が立案実施されてきた。ICDPの体制が確立される前から湖沼堆積物の採取は陸水学や第四紀学の重要な研究手法であったが,最終間氷期以前の堆積物を含むいわゆる古代型湖の掘削は琵琶湖などの少数の先駆的な研究に限られていた。それに対し,ICDPではGLAD200やGLAD800と呼ばれる掘削システムが開発され,多くの構造湖で深層掘削が効率的に実施されるようになった。しかし,日本列島の湖についての具体的な掘削計画は未だ提案されていない。ICDPが本格的にスタートするまでに琵琶湖では大規模な湖沼掘削が行われており,三方五湖でも年縞堆積物を用いた高精度気候変動の研究が開始されていた。しかし,特に1990年代から古気候・古環境の研究には高時間分解能の分析が欠かせないものになり,コアの連続性や保存状況などの制約から既存の試料を用いて高精度の解析や新手法による研究を行うことは不適切であることが明らかになった。このような状況を背景として,2002年11月,琵琶湖と水月湖から連続的な堆積物試料を採取するプロジェクトの立案を目指し,ICDP国際ワークショップ“Lake Biwa and Lake Suigetsu: Recorders of Global Paleoenvironments and Island Arc Tectonics”が開かれた。このワークショップでは,琵琶湖と三方五湖周辺の地殻変動,琵琶湖・水月湖の堆積物の編年と気候変動の記録に関する研究の現状,さらに年縞堆積物,古地磁気,花粉分析,有機地球化学,掘削方法などに関する研究分野の動向が報告され,国際的な連携のもとで掘削経費の検討や既存試料の解析を進める方針が確認された。しかしながら,このワークショップの後,琵琶湖と水月湖の研究はICDPの枠組みから離れた形で進行することになる。琵琶湖では 2007~2009年度に竹村恵二を代表者とする文科省科学研究費による基盤研究「琵琶湖堆積物の高精度マルチタイムスケール解析‐過去15万年間の気候・地殻変動」が実施され, 2007年に北湖の6地点からピストンコアが,2008年には沖島北方の2地点で湖底から深度71.75m(BIW08-A)と100.30m(BIW08-B)までの掘削試料が採取された。その概要は竹村他(2010)に報告されているが,ピストンコアでは三瓶池田火山灰を含む約45,000年間,掘削コア(BIW08-A, B)では約30万年前までの堆積物が得られた。これらのコアについて磁気特性や有機化学の研究を通して東アジア・モンスーンの変動を復元できることが示された。また,長尺の掘削試料(BIW08-A, B)の解析を進めることより,その記録を約30万年前まで拡張できる可能性も明らかになっている。水月湖に関しては,ニューカッスル大学に移った中川毅が中心となり, 2006年に全長73.2mの連続試料(SG06コア)が採取された。このコアは4つの掘削孔から深度を重複させて採取されたもので,約7万年間の欠落のない堆積物についての年縞計測と14C年代測定が可能になり,陸上の植物化石を用いた14C年代較正曲線が作成された。このデータセットは14C年代の標準的な較正法であるIntCalの最新版(IntCal13)の提案に主要な役割を果たすことになった。もちろんSG06コアの寄与は年代測定法の改善にとどまらず,多様な手法による高時間分解能の気候復元を中心に湖沼堆積物の高精度研究のモデルケースとなっている。このように,琵琶湖と水月湖の掘削とICDPとの関係についての見通しは明確になっていない。しかし,今後の研究は国際的な体制のもとで展開することが望まれ,その実現のためにICDPへの掘削計画の提案を検討すべき段階に至ったといえる。具体的には,まず琵琶湖の湖底から深度250mまでの粘土層について,複数の掘削孔からのコア採取により完全な連続セクションを得ることが必要である。この試料は約45万年間の環境変動のアーカイブを提供し,汽水環境を含む水月湖と内陸の広い集水域を持つ琵琶湖の記録の対比と統合により,東アジアの気候変動に関する多くの新知見を提供するであろう。特に,北湖北部の湖盆(水深90m以上)では南湖盆の堆積速度(1.1?1.4 m/ky)を凌ぐ堆積物が存在する可能性が高く,高精度の環境変動の記録や湖盆形成のテクトニクスに関する情報を得るために琵琶湖の最深部での掘削に挑戦することが望まれる。