[M-AG38] 福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態

[MAG38-P05] 榛名山における放射性ストロンチウムとセシウムの降下量

*五十嵐 康人¹、財前 祐二¹、足立 光司¹、梶野 瑞王¹ (1.気象研究所　環境・応用気象研究部)

キーワード：福島第一原発事故, 放射性降下物, ストロンチウム, セシウム, 再浮遊

著者らは，関東地方の北西の角に位置する孤立峰の頂上近傍において，大気降下物を捕集し，そこに含まれる放射性核種の⁹⁰Srや放射性Csの量を定量し，大気降下量の観測を実施してきた。当初この観測は，平地のつくばにおける降下量観測との比較を念頭において，自由大気中を輸送される風送ダストを主体に捕集するため，山岳地点を選んで開始されたものである。しかしながら，図らずも福島第一原発事故による大気環境の汚染状況についても比較可能なデータが得られている。
榛名山（群馬県高崎市，36°28'N, 138?52'E，標高1370 m）において，⁹⁰Srと¹³⁷Csの降下量観測を行った。試料採取は2006年末に開始し，4平米の水盤を用いた。福島第一原発事故後には１平米の水盤を用いている。全試料を2 mm次いで100 μmメッシュの篩でろ過し夾雑物と大粒径の粒子を除き，濃縮処理をした。乾固した試料をGe半導体検出器によるγ線測定に供し，放射性Csを測定した。その後の放射化学分離によって得た炭酸ストロンチウム沈澱を⁹⁰Sr-⁹⁰Yを放射平衡としてから2πガスフローβ線検出器により測定した。それぞれの分析工程は，気象研究所で調整した降下物標準試料により品質管理した。⁹⁰Srの分析工程中に分取した画分をICP-AES等の装置で分析し，安定元素の分析値を得た。各分析値および降下物乾燥重量を元に，降下量を算定した。
¹³⁷Cs月間降下量は，事故が発生した2011年3月に14±0.5 kBq/m²で震災前の水準よりも5ないし6桁大きい。しかし，つくばと比較すると約6割の降下量であった。2011年全体では，¹³⁷Cs降下量は18.8 kBq/m²であり，やはりつくばの降下量の約7割であった。福島事故では¹³⁴Csがほぼ同量降下しているので，両核種併せておおよそ40 kBq/m²の地表面汚染となり，つくばよりも相対的に軽度な汚染しか受けなかったことが分かった。榛名山は，群馬県北部のいわゆるホットスポットにかかる領域に位置し，文部科学省による航空機マッピングによる榛名湖周辺では60-100 kBq/m²も観測されているが，試料採取地点は榛名湖よりも高高度のため，事故当時に湿性沈着をもたらした雲層による汚染を免れたのかもしれない。他方，2011年3月の⁹⁰Sr降下量は3.11±0.03 Bq/m²であり， ¹³⁷Cs降下量の約1/4500だった。この⁹⁰Sr降下量もつくばにおける値の約6割であった。つくば同様に，榛名山においても⁹⁰Srの降下量は放射性Csに比べ小さく，関東地方における⁹⁰Sr による環境への影響は放射性Csほど大きくなかったことが結論できた。