日本地球惑星科学連合2016年大会

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口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-AS 大気科学・気象学・大気環境

[A-AS12] 大気化学

2016年5月26日(木) 10:45 〜 12:15 303 (3F)

コンビーナ:*入江 仁士(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)、町田 敏暢(国立環境研究所)、谷本 浩志(国立環境研究所)、岩本 洋子(東京理科大学 理学部第一部)、座長:金谷 有剛(国立研究開発法人海洋研究開発機構地球表層物質循環研究分野)、梅澤 拓(独立行政法人国立環境研究所)

11:45 〜 12:00

[AAS12-23] 植物圏における大気水素の消費に寄与する微生物群の発見と生態学的特性の解明

*菅野 学1Philippe Constant2玉木 秀幸1鎌形 洋一1 (1.国立研究開発法人産業技術総合研究所、2.Centre INRS-Institut Armand-Frappier, Canada)

キーワード:生物地球化学、微生物生態学、大気水素フラックス、植生地

水素は、大気中に約0.530 ppmv存在する還元性ガスであり、対流圏の水素の約80%(年間0.4-0.9億トン)は陸地表層に取り込まれることが観測されている。将来の水素エネルギー社会の到来に伴う大気中の水素濃度の上昇は、メタン寿命の拡大やオゾン層の破壊を引き起こすと懸念されているが、水素がどのようにして陸地表層に取り込まれるかについてはよく分かっていない。近年になって、大気濃度レベルの希薄な水素を酸化する能力を有する微生物群(高親和性水素酸化細菌)が土壌から発見され、土壌表面における大気水素の消費に主要な役割を担う可能性が示唆された。一方で、地球上の陸地表層の50%以上を占める植物圏においては、トリチウムを用いた大気水素の取り込みが観測されているものの、それを担う微生物については明らかとなっていない。そこで、本研究では、植物表面および体内において大気濃度レベルの水素を消費しうる微生物群を探索し、その生態学的特性を解明することを目的とした。
まず、高親和性水素酸化細菌の環境分布範囲や存在量、系統的多様性といった生態学的特性を調べるために、マーカー遺伝子である高親和性水素酸化酵素をコードするhhyL遺伝子を用いて、野生植物を対象とした解析を行った。供試したナズナ、シロイヌナズナ、イネ、ネギ、セイダカアワダチソウ、クローバーの6種の野生植物の全てから多様なhhyL遺伝子(総42)が得られ、高親和性水素酸化細菌は環境中の植物に広く存在することが示唆された。また、単位重量あたりのhhyL遺伝子の検出数は、植物と土壌で同等であった。次に、シロイヌナズナおよびイネ体内から分離した145株から、hhyL遺伝子を有する7株のStreptomyces属細菌を獲得した。獲得した微生物株が実際に大気水素を酸化しうるかを、微量還元性ガス分析計(RGD)を用いて試験した。その結果、7株全てが大気濃度よりもさらに低い濃度まで水素を酸化することを確認した。さらに、獲得した微生物株が植物の原位置で大気水素の消費能を示すかを検証するために、無菌土耕栽培したシロイヌナズナおよびイネに分離株を接種した。微生物特異的な蛍光可視化技術によって、接種4週間後に植物表面および植物体内への微生物の局在が確認された。微生物が共生した植物では、1079-3472 pmol g(dw)-1 h-1の水素酸化活性が見られ、これはトリチウムで観測された報告値と同等であった。無菌栽培した植物単独では水素の減少が全く見られないことから、微生物が植物の原位置で水素を消費していることが示された。微生物1細胞あたりの水素酸化活性は土壌と植物で同等であり、土壌圏だけでなく植物圏に棲息する微生物も大気水素の消費に寄与しうることが明らかとなった。
本研究によって、植物圏における大気中の水素の取り込みに関わる微生物群の存在が初めて明らかとされた。地球上には草本植物約640億トン、木本植物約7360億トンの膨大なバイオマスが存在するが、これら植物に高親和性水素酸化細菌が普遍的に存在していると仮定した場合、微生物の地球規模での大気水素循環への寄与は多大なものと推測される。今後、植物や土壌に住む微生物群の生態学的情報と、フィールドでの水素フラックスの観測情報の統合により、水素循環の包括的な理解が期待される。