11:30 〜 11:45
[HTT21-04] 中部日本の森林集水域における河川化学性と大気由来の硫黄の動態
★招待講演
キーワード:酸性化、窒素飽和、硫黄、同位体
[緒言]
岐阜県山県市に位置する伊自良湖集水域は、中京工業地帯からの大気汚染物質の移流の影響を強く受け、硫黄や窒素の大気沈着量が多い。環境省による長期モニタリングが行われてきた本集水域では、1990年代半ばに生態系の酸性化及び窒素飽和が進んだと報告されている(Yamada et al. 2007; Nakahara et al. 2010)が、近年は回復傾向も見られている。
[方法]
本報告の解析では、環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリング計画に基づく、1988年からの河川化学性の長期データ、2000年からの湿性沈着(降水)の化学性データ、2007年からの物質流入・流出収支データ、及び2014年から重点的に実施されている降水・土壌溶液・河川水の硫黄及びストロンチウム同位体測定データを用いた。さらに、関連研究による伊自良湖畔を含む中京地域におけるスギ年輪中の硫黄同位体データを加え、長期トレンド及び大気由来の物質動態の解析を行った。
[結果及び考察]
当該集水域では、1990年代半ばから河川や土壌の酸性化や河川水中のNO3−濃度の著しい上昇が見られたが、2005年以降は河川水中のNO3−濃度は低下しており、pHも7付近まで回復している。SO42−濃度は、酸性化やNO3−の河川への流出が観測された時期の1994年に210 μmolc L−1の最高値に達し、その後は2013年には127 μmolc L−1まで低下した。1990年代に見られた河川の酸性化には、我が国最大レベルとも言われる硫黄や窒素の大気からの流入に加え、1993年の冷夏、及び1994年の干ばつと続いた気象イベントによる森林生態系における物質循環の撹乱がきっかけとなった可能性が示唆されている(Nakahara et al. 2010)。また、近年の酸性化からの回復には、大気からの流入の大部分を占める湿性沈着量の低下傾向が寄与していると考えられた。
本地域の硫黄の流入・流出収支には特徴的な傾向があり、2007年から2012年までの5年間における湿性及び乾性沈着による大気からの平均SO42−流入量は0.9 ± 0.1 kmolc ha−1 year−1であったが、河川からのSO42−流出量は2.3 ± 0.5 kmolc ha−1 year−1であった。山岳地域における大気汚染物質濃度やその沈着速度の過小評価の可能性や水収支の不確実性等を考慮したとしても、河川からのSO42−流出量は流入量を大きく超過していた。降水や表層の土壌溶液中のSO42−の硫黄同位体比(δ34S)はそれぞれ4.6‰と3.8‰であったが、河川水中のそれは−13‰と著しく低い値を示した。岐阜県内では著しく低いδ34S値(−14‰から−8‰)を示す地質が分布することが報告されていることから、河川からのSO42−流出には地質由来の硫黄が寄与している可能性が示唆された。一方で、大気由来の硫黄は土壌の比較的表層に蓄積・分布していると考えられた。上述した高いSO42−濃度が観測された1990年代半ばには河川中の溶存有機態炭素も高濃度であったことから、土壌表層に蓄積された有機態硫黄の流出の寄与も考えられた。三重県、愛知県及び本地域から得られたスギの年輪解析では、1960/1970年代の中京工業地帯由来の硫黄沈着の痕跡と考えられる比較的低いδ34S値(−7‰から+1‰)も確認された。本集水域では大気由来の硫黄は主に土壌・植物系で循環・蓄積している一方で、河川に流出する硫黄は地質の影響を大きく受けていることが示唆された。
[謝辞]
本報告は環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングデータを基に関連研究の成果を加え解析を行った。また、ストロンチウム同位体測定は、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業により実施した。関係機関の方々に謝意を表します。
[文献]
Nakahara et al. 2010. Soil and stream water acidification in a forested catchment in central Japan. Biogeochemistry 97: 141-158.
Yamada et al. 2007. Long-term Trends in Surface Water Quality of Five Lakes in Japan, Water, Air, and Soil Pollution: Focus 7: 259-266.
岐阜県山県市に位置する伊自良湖集水域は、中京工業地帯からの大気汚染物質の移流の影響を強く受け、硫黄や窒素の大気沈着量が多い。環境省による長期モニタリングが行われてきた本集水域では、1990年代半ばに生態系の酸性化及び窒素飽和が進んだと報告されている(Yamada et al. 2007; Nakahara et al. 2010)が、近年は回復傾向も見られている。
[方法]
本報告の解析では、環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリング計画に基づく、1988年からの河川化学性の長期データ、2000年からの湿性沈着(降水)の化学性データ、2007年からの物質流入・流出収支データ、及び2014年から重点的に実施されている降水・土壌溶液・河川水の硫黄及びストロンチウム同位体測定データを用いた。さらに、関連研究による伊自良湖畔を含む中京地域におけるスギ年輪中の硫黄同位体データを加え、長期トレンド及び大気由来の物質動態の解析を行った。
[結果及び考察]
当該集水域では、1990年代半ばから河川や土壌の酸性化や河川水中のNO3−濃度の著しい上昇が見られたが、2005年以降は河川水中のNO3−濃度は低下しており、pHも7付近まで回復している。SO42−濃度は、酸性化やNO3−の河川への流出が観測された時期の1994年に210 μmolc L−1の最高値に達し、その後は2013年には127 μmolc L−1まで低下した。1990年代に見られた河川の酸性化には、我が国最大レベルとも言われる硫黄や窒素の大気からの流入に加え、1993年の冷夏、及び1994年の干ばつと続いた気象イベントによる森林生態系における物質循環の撹乱がきっかけとなった可能性が示唆されている(Nakahara et al. 2010)。また、近年の酸性化からの回復には、大気からの流入の大部分を占める湿性沈着量の低下傾向が寄与していると考えられた。
本地域の硫黄の流入・流出収支には特徴的な傾向があり、2007年から2012年までの5年間における湿性及び乾性沈着による大気からの平均SO42−流入量は0.9 ± 0.1 kmolc ha−1 year−1であったが、河川からのSO42−流出量は2.3 ± 0.5 kmolc ha−1 year−1であった。山岳地域における大気汚染物質濃度やその沈着速度の過小評価の可能性や水収支の不確実性等を考慮したとしても、河川からのSO42−流出量は流入量を大きく超過していた。降水や表層の土壌溶液中のSO42−の硫黄同位体比(δ34S)はそれぞれ4.6‰と3.8‰であったが、河川水中のそれは−13‰と著しく低い値を示した。岐阜県内では著しく低いδ34S値(−14‰から−8‰)を示す地質が分布することが報告されていることから、河川からのSO42−流出には地質由来の硫黄が寄与している可能性が示唆された。一方で、大気由来の硫黄は土壌の比較的表層に蓄積・分布していると考えられた。上述した高いSO42−濃度が観測された1990年代半ばには河川中の溶存有機態炭素も高濃度であったことから、土壌表層に蓄積された有機態硫黄の流出の寄与も考えられた。三重県、愛知県及び本地域から得られたスギの年輪解析では、1960/1970年代の中京工業地帯由来の硫黄沈着の痕跡と考えられる比較的低いδ34S値(−7‰から+1‰)も確認された。本集水域では大気由来の硫黄は主に土壌・植物系で循環・蓄積している一方で、河川に流出する硫黄は地質の影響を大きく受けていることが示唆された。
[謝辞]
本報告は環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングデータを基に関連研究の成果を加え解析を行った。また、ストロンチウム同位体測定は、総合地球環境学研究所の同位体環境学共同研究事業により実施した。関係機関の方々に謝意を表します。
[文献]
Nakahara et al. 2010. Soil and stream water acidification in a forested catchment in central Japan. Biogeochemistry 97: 141-158.
Yamada et al. 2007. Long-term Trends in Surface Water Quality of Five Lakes in Japan, Water, Air, and Soil Pollution: Focus 7: 259-266.