日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] Eveningポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS10] 古気候・古海洋変動

2018年5月23日(水) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7ホール)

コンビーナ:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、磯辺 篤彦(九州大学応用力学研究所)、北村 晃寿(静岡大学理学部地球科学教室、共同)、佐野 雅規(早稲田大学人間科学学術院)

[MIS10-P21] リュウキュウマツ年輪の酸素同位体比にみる江戸時代後期における奄美の気候環境

*庄 建治朗1伊藤 正人2野田 康平1對馬 あかね3中塚 武3 (1.名古屋工業大学、2.大垣市、3.総合地球環境学研究所)

キーワード:奄美大島、リュウキュウマツ、樹木年輪セルロース、酸素安定同位体比、年層内変動、天保飢饉期

樹木年輪中のセルロースの酸素安定同位体比(δ18O)は、年輪形成当時の相対湿度をよく反映することが確かめられている。年輪酸素同位体比のデータは、東北日本や中部日本などではデータの蓄積が進み、長期にわたるクロノロジーが構築されてきているが、南西諸島についてはそのような研究は非常に少ない。これには、沖縄島については太平洋戦争で戦場となり、長樹齢の樹木が多く失われたため、研究に適した標本が得にくいという事情もある。奄美大島などにはリュウキュウマツ(Pinus luchuensis)の大木が多く残されているが、近年のマツ材線虫病(松くい虫)の拡大によってその個体数を急速に減らしており、近い将来に長樹齢の樹木がほとんど無くなってしまうことが危惧される。南西諸島のような亜熱帯地域では、樹木に明確な休眠期がなく年輪の識別が難しい場合があるが、一方で樹木の成長期が長いため、温帯・冷帯地域の樹木では休眠期にあたる早春や晩秋、あるいは冬季の気候条件が樹木年輪に記録されている可能性があり、その意味でもこの地域の年輪資料の分析を進めることは重要である。従来、セルロース酸素同位体比の測定には多大な時間と労力を要したが、近年の同位体比分析装置と試料作製技術の進歩により、現在では以前よりも飛躍的に測定効率が高まり、1年輪毎に測定するだけでなく、その年層内の細かな変動まで連続的に測定することも可能になった。そうした状況下で、今回、奄美大島で松枯れ被害によって枯死した長樹齢のリュウキュウマツから年輪標本が得られたため、その詳細な年層内の変動を含む長期の酸素同位体比変動の分析を進めている。
 分析に用いる年輪標本は、奄美市名瀬浦上町の有盛神社(28°24'N, 129°32'E, 40m a.s.l.)に生育していた、地元で「ウンテラ松」と呼ばれていたリュウキュウマツ巨木である。この個体は2013年に松枯れで枯死し、2016年秋に伐倒された。その切り株と地上高数mにあった樹幹部分から標本を採取した。胸高直径は175cm、確認できた年輪数は184である。サンプルは「板ごと抽出法」により、厚さ約2mmの木口面の板からセルロースを抽出した後、双眼実体顕微鏡下で眼科用ナイフを用いて年層内を成長方向に細分割した。年層内の分割数は12を基本とし、年輪幅が狭く12分割できない場合には6または2分割、一部の特に幅の広い年輪では24分割とした。同位体比測定には、総合地球環境学研究所に設置の熱分解元素分析計と同位体質量分析計のオンラインシステム(TCEA-Delta V Advantage)を用いた。本稿作成時点での測定期間は、1830-1844、1850-1875、1971-1977、及び2002-2013年である。
 測定期間のうち、気象観測データと重複する近年部分のデータを用い、年層内を分割したセグメント毎に、酸素同位体比と名瀬測候所(標本木から約4km)における旬単位の相対湿度データとを照合したところ、第1セグメント(最も早材寄りのセグメント)は3月上旬~中旬、第12セグメント(最も晩材寄りのセグメント)は12月下旬~1月下旬の平均相対湿度と強い負相関を示した。これより、標本木の成長期は概ね3月から翌年1月で、短い休眠期があると推測される。また、江戸時代後期の天保飢饉期(1833-1839年)には、本州中部(滋賀)のヒノキ年輪では成長期を通じて酸素同位体比の非常に低い年が見られ、梅雨季を中心とした夏季に湿潤な状態が続いたことを示唆する結果が得られているが、本標本木では天保飢饉期にも前後の期間と比較して特に異常な酸素同位体比変動は見られず、本州中部とは異なる気候環境下にあったと考えられる。天保期における奄美地方の文献史料に見られる春先の長雨や夏季の旱魃等の記録(山田,2012)と本標本木の酸素同位体比年層内変動データとを比較したところ、「長雨」の時期には前後の年の同時期よりも同位体比が低く、「旱魃」の時期には同位体比が比較的高いなどの対応関係が見られた。