日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] Eveningポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS11] 津波堆積物

2018年5月22日(火) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7ホール)

コンビーナ:篠崎 鉄哉(筑波大学アイソトープ環境動態研究センター)、千葉 崇(一般財団法人海上災害防止センター)、石村 大輔(首都大学東京大学院都市環境科学研究科地理学教室)

[MIS11-P11] 北潟湖堆積物中の珪藻観察・化学分析から検出された災害・環境変動記録

*衣川 公太郎1長谷部 徳子1北川 淳子2福士 圭介1香月 興太3Nahm Wook-hyun4 (1.金沢大学、2.ふくい里山里海湖研究所、3.島根大学 、4.韓国地質資源研究院)

キーワード:津波堆積物、湖沼堆積物、珪藻、テフラ層、化学分析

2011年に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う津波災害を機に、日本各地で津波に対する警戒意識が高まった。日本における大規模津波災害の多くは、海溝を起源とする太平洋側に集中しているが、過去の歴史文献記録や既存の地質調査記録によると、日本海側でも比較的大規模な津波が発生していることが分かっている。そこで本研究では日本海側沿岸地域、その中でも特に北陸地域における津波災害に焦点をあて、地質学的に古津波の復元を行った。一般的に津波堆積物には、葉理や級化構造、偽礫(rip up clast)といった堆積構造が見られる(澤井2012)。しかし、日本海側における津波は太平洋側と比べその威力は小さく、さらに浜提が発達していることから、このような堆積構造が顕著に見られる場所は限定的である。そこで本研究では、浜提が発達しておらず、海との接続域を有する潟湖の湖沼堆積物を用いた。分析方法には、堆積構造の解釈だけでなく、物理量分析や珪藻観察、化学分析などの手法を用いた。加えて、本研究では堆積物中から発見された白山火山起源と考えられる岩片の分析と、湖環境の遷移についても考察している。

 試料には、福井県あわら市にある北潟湖の湖沼堆積物を用いた。北潟湖は、日本海との接続域を持ち、海水準との違いがほとんどないことから、日本海からの影響を受けやすい湖であると言える。また、湖沼堆積物を用いるメリットとして、その年代分解能の高さが挙げられる。今回は湖の中腹部にあるコア(全長410cm)を詳しく分析した。

 堆積物中の主要珪藻種分布から、コアを大きく3つの環境区分に分けた。一つ目の境界は深さ90cmに見られる。この層から上では淡水種のDiploneis 属が増加し、それまで主要種であった汽水種のNitzschia compressaの個体数が減少傾向を示した。さらに海水珪藻種の個体数も同時の傾向を示す。物理量分析結果からは、この層を境に有機物量は増加傾向、CaCO3量は減少傾向を示した。以上の結果と年代測定結果の結果から、この時期から湖全体が淡水化していることが分かり、その原因として、この時期(1700年頃)に海水流入域付近で行われた、加賀藩による人工砂州工事の影響が考えられる。

 2つ目の境界は深さ244cmで見られた。この層を境に主要淡水種であったAulacoseira granulateが大きく減少し、これまで存在が全く確認されなかった汽水種のNitzschia compressaが出現し始めた。さらに、海水珪藻種もこの層を境に確認されるようになる。物理量分析においては、例えばCT画像の顕著な色の変化や、含水率の大幅な減少などが見られた。堆積物中における元素濃度分布に関しても、Ca, Fe, K, Mg, Mn, Na, Srの濃度が安定的に見られるようになる。鹿島(2002)によるとNitzschia compressaは、海岸汽水湖の指標種と考えることができ、北潟湖が汽水化したことがわかる。よって深さ244cmまで北潟湖は淡水湖であったが、浜堤の破壊などにより湖に海水が流入しはじめ、湖が汽水化したと考察した。この層より上の部分ではアラムシロやウネナシトマヤといった潮間帯を生息域とする貝殻化石が見られることも整合的である。元素濃度結果に関しては、Ca, Sr, Na, Mnの増加については海水の流入、Fe, Mg, K, Siの増加は大聖寺川からの寄与が考えられる。年代測定の結果、この遷移時期は1130年頃と考えられる。
 淡水・汽水珪藻種の分布から、1130年以前の北潟湖は淡水であり、それ以降は日本海から海水が流入していたと考えられる。そのため、汽水化遷移時期に相当する深さ244cmから90cmまでのすべての堆積層で約5%を超える海水珪藻種の割合が確認された。海水珪藻種が10%を超えたのは、109-115cmと170-203cmの層である。淡水時期に相当する深さ244cmより下の層では、286-295cm、344-352cm、391-396cmで高い割合が示された。これら5つの層は鉱物粒子径の粗粒化時期と逆相関関係を示す。この5層のうち、109-115cmと344-352cmの層では特に堆積物のSr, Ca濃度が高くなり、海水流入イベントとの関係が示唆される。年代測定結果から、109-115cmの堆積時期はおおよそ1600年頃、344-352cmは740年頃となった。上の津波層については、1659年に噴火した白山テフラの層(70-60cm)よりも下にあることからもこの年代が妥当だと判断できる。これらの結果を、北陸地域における津波の歴史文献記録と参照すると、1586年に発生した天正津波と、701年に発生した大宝津波の可能性が高い。