日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS10] 津波とその予測

2018年5月24日(木) 09:00 〜 10:30 105 (幕張メッセ国際会議場 1F)

コンビーナ:山本 近貞 直孝(防災科学技術研究所)、今井 健太郎(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)、対馬 弘晃(気象庁気象研究所)、座長:谷岡 勇市郎(北海道大学大学院理学研究科地震火山研究観測センター)、山本 直孝(防災科学技術研究所)

09:15 〜 09:30

[HDS10-08] 2011年東日本震災津波による市街地火災の発生条件

*都司 嘉宣1増田 達男2 (1.公益財団法人深田地質研究所、2.金沢工業大学)

キーワード:2011年東日本震災の津波、津波火災、市街地火災、津波による自動車火災

2011年東日本震災による津波が原因となる火災が157件発生した(日本火災学会,2016)。このうち、津波来襲直後に発生した居住家屋の火災発生件数は、火災範囲の大小を区別せずすべて1件と数えると、合計67件であった。市街地の家屋火災件数を地上津波厚さ、すなわち冠水量(m)で分類すると図1が得られる。図1によると,火災が多く発生したピークはより明瞭に3か所に現れている。すなわち,1.0m~2.9mの25件(37%)が1つのピークを形成している。このピークは,津波によって浸水はしたが,大規模な破損,あるいは倒壊しなかった家屋の火災が多くあったことを示している。このピークに属する浸水にとどまった家屋では,浸水線以上の部分は,ぬれることなく乾燥状態を保っており,損傷もほぼなかったと考えられる。すなわち,このピークに属する家屋は,瓦礫と化したわけではなく,津波の最大波の来襲直後には元通りに「建っていた家屋」であったと推定される。このグループの家屋は,津波が過ぎ去ってしまえば,清掃作業さえ施せばほぼ支障なく居住が続けられたはずであった。その家屋が,津波によって流されてきた「火のついた瓦礫片」や「火のついたLPガスボンベ」が漂流してきたために火災を生じたものと考えられる。このピークに属する火災家屋は,火災さえなければ,わずかな被害にとどめることができたはずの,もっとも火災による損傷苦痛の大きいグループであろう。このピークの火災の典型例は,宮城県名取市閖上で航空写真として撮影されている。
 図1には冠水量4.0m~5.9mのところに第2のピークがある。この冠水量になると,通常の木造家屋は全壊する。そしてその場で全壊した家屋が焼失したものであろう。家屋そのものはすでに津波によって大きな損傷を受けているが,火災によって,家具や貴重品が失われたケースで,やはり火災による被害比率の大きいグループであろう。この場合火災は第1ピークのような最大津波の来襲中ではなく,最大津波が去った後の火災であろう。出火原因は,漂流して来た着火プロパンガスによる延焼のほか,自動車などのバッテリー装置からの出火などが考えられる。
 図1には8~13mあたりに第3の緩やかなピークが現れている。この小ピークは,宮古市田老の乙部地区の火災や,南三陸町志津川の火災,あるいは,大槌町,あるいは石巻市門脇小学校付近の例が含まれる。件数としては少なくても,広域火災を1件と数えたため,見かけ上の件数は少なく見えるが,焼失面積や,焼失家屋数が大きいものである。このピークは,市街地全体が浸水高の大きい津波に襲われたため,ほぼ全数の家屋が元の場所から流失し,背後の丘陵の斜面上に大量の瓦礫の堆積し,これに火がついたものである。すなわち,家屋は完全に瓦礫化して,火災がなければ流失全壊と数えられるケースである。このケースでは,すでに津波によって大きな被害を受けており,火災はもはや被害を加える要素とはなっていないケースであると考えられる。
 津波による自動車からの発火は、10ケ所での発生が記録されている。自動車火災は,全事例のうちの80%が冠水量0.9m以上,3.0m以下の時発生している。これは,バッテリーの搭載位置に海水が浸入してきたときに発生した,と理解できる。洪水の時にも自動車のバッテリーの高さまで水が浸水する事例は数多く発生しているはずであるが,これによって火災が発生した,という事態は報告されていない。ということは,浸入してきたのが海水(塩水)という電気の良導体であったため,電気ショートが起きてスパーク(火花)を生じたことが火災発生の本質であるといえそうである。
  津波による火災の発生は,明治から昭和39年(1964)の新潟地震より以前に発生した津波ではあまり多くは発生していなかった。ことに明治29年(1896)の三陸津波は,2011年の津波に匹敵する規模で,しかも,被災海岸のほぼ重なり合っていたにもかかわらず火災財の発生はゼロであった。しかるに,2011年東日本震災の津波では合計159件もの津波が原因するとみられる火災が発生した。津波による火災の発生は、自動車のバッテリーショート、LPガスボンベの金属衝撃火花の発生と可燃ガスの噴出、一般家庭内での石油貯蔵の普及の三つが要因と考えられ、これらはいずれも1970年前後に急速に一般家庭に普及したものである。