日本地球惑星科学連合2018年大会

講演情報

[JJ] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT18] 環境トレーサビリティー手法の開発と適用

2018年5月22日(火) 10:45 〜 12:15 103 (幕張メッセ国際会議場 1F)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

11:15 〜 11:30

[HTT18-09] 北太平洋亜寒帯域表層における窒素および炭素安定同位体比の変動要因

*堀井 幸子1高橋 一生1 (1.東京大学)

キーワード:窒素同位体比、北太平洋亜寒帯循環、安定同位体、炭素同位体比、植物プランクトン

生態系構造の地理的変化や、高次捕食者の移動経路を推定する手段として、安定同位体比の広域分布を明らかにする試みが、陸域、水域を問わず近年盛んになされている(Bowen 2010など)。外洋域では、特に食物網の起点である懸濁態有機物(POM)の窒素および炭素安定同位体比(δ15Nおよびδ13C)の地理的分布が注目されている。しかし実測値データの不十分さから、野外環境における安定同位体比の時空間的変動とどのような環境要因が対応しているのかは明らかではない。そこで本研究では栄養塩分布および物理環境に東西勾配がある夏季の北太平洋亜寒帯循環(47° N付近、160° Eから131° W)を対象に、POMのδ15Nおよびδ13Cがどのような環境要因によって変動しているのか明らかにすることを目的とした。以下結果と考察を記す。
145° Wを境に、西側の測点では50 m 以浅の硝酸塩濃度が高く(>5 μM)、東側の測点では低かった(<5 μM)。この観測結果と既往知見に基づき(Longhurst 2007)、東側の測点は植物プランクトンの増殖が硝酸塩により制限される硝酸塩制限海域、西側はそれらが鉄により制限される鉄制限海域であると考えられた。 一次生産が活発な深度10 m以浅において、POMのδ15Nは本研究観測海域全域で、硝酸塩濃度と負の相関を示した(p <0.01)。植物プランクトンの硝酸塩取り込みに伴う同位体分別が、高緯度外洋域表層のPOMのδ15Nを変動させる主要な因子であるとする既往知見が(Wu et al. 1997など)指示された。 POMのδ13Cに影響を与える可能性のある環境因子は、二酸化炭素分圧、優占する植物プランクトンの炭酸固定系の酵素学的特徴、増殖速度、サイズなど数多く報告されているが、実測データとの対応は未解明である。本研究では、鉄制限海域の深度10 m以浅において、POMのδ13Cがクロロフィルa濃度と正の相関を示した一方で(p <0.01)、二酸化炭素分圧を制御する水温、クロロフィルaの増殖速度、クロロフィルa中に占める大型画分(>20 μm)の割合のいずれとも関連は見いだせなかった。このことから、当該海域表層のPOMのδ13Cは、植物プランクトンが過去に示した増殖速度の履歴を反映する一方、環境の二酸化炭素分圧や観測時点の植物プランクトンの増殖速度およびサイズによる影響は小さいと考えられた。こうした関係は硝酸塩制限海域の表層では見られず、相対的に低いクロロフィルa濃度に対して高いPOMのδ13Cが一貫して観測された。硝酸塩制限海域では深度10 m以浅において、懸濁態有機炭素(POC)に占めるクロロフィルaの割合が鉄制限海域よりも小さかったことから(p <0.01)、デトリタスなど植物プランクトン以外の安定同位体比の特徴が、POMのδ13Cを制御していると考えられた。