14:15 〜 14:30
[MIS11-13] 北海道厚岸地域の泥炭堆積物の有機物分析による古津波復元
キーワード:古津波、バイオマーカー、ケロジェン、津波堆積物、北海道
【はじめに】津波堆積物は巨大な津波により海洋の粒子・成分が陸上に運ばれてくるイベント堆積物である。堆積物中には海底からもたらされた砂や海生生物遺骸が、津波が侵食した陸上の土壌と混ざって堆積していることが大きな特徴である。しかし、津波堆積物は浸食や擾乱の影響を受けやすく、また僅かな距離でもその堆積学的特徴が大きく変化することが知られている。そこで堆積物中に含まれている化学成分によって津波堆積物の同定を行う研究が注目を集めている。特に有機地球化学的研究では2011年の津波堆積物から沿岸域で普遍的に見られる渦鞭毛藻のバイオマーカーのDinosterolが検出されている(Shinozaki et.al., 2015)。本研究では古津波堆積物が複数含まれる北海道厚岸地域の堆積コアから、有機地球化学分析としてバイオマーカーおよびケロジェン分析を行い、津波堆積物の特徴を調査・検討した。
【試料と方法】本研究では2016年に北海道厚岸郡厚岸町(43.0N, 144.5E)で採取された堆積コアを用いた。堆積コアは約3mあり、数千年分の堆積物を含んでいる。堆積コアは泥炭層とその間に挟まる最大数10cmの砂層により構成され、砂層はほぼ全て津波によって形成されたと考えられている。採取された堆積コアの大まかな年代決定は挟在するテフラ層を用いて行われた。バイオマーカー分析はGC-MSを用いて行い、ケロジェン分析はバイオマーカー分析の過程でできた抽出残渣からケロジェンを作成し、蛍光顕微鏡を用いて観察を行った。
【結果と考察】北海道東部沿岸地域は沖合に千島海溝を持つことから過去に多数の巨大津波が襲来したと考えられ、特に500年周期で訪れるとされる巨大津波は北海道東部の広い範囲で観察される(Nanayama et al., 2003)。n-アルカンを用いた平均鎖長(ACL)と水生植物アルカン比(Paq)の指標は堆積物における植物の種類の寄与率を表すが、これらの指標では津波堆積物のみで見られるような特徴は見られなかった。このACLやPaq値は津波による影響よりも周囲の植生の変遷の影響を受けていると考えられる。n-アルカンの奇数炭素優位性(CPI)は続成作用の程度を強く反映するが、周囲の泥炭よりもCPI値の低い津波層があった。これは津波により海底に堆積していた続成を受けた堆積物が運ばれてきたことを示すかもしれない。ステロイドは、炭素数27(C27)は主に真核藻類全般に由来し、C29は陸上高等植物に由来することが知られている。C27/C29の比をとることで主に海生の真核藻類と陸上高等植物、つまり堆積物中のステロイドの陸/海の寄与を推測することができる。C27/C29比は堆積コアを通じて5%以下で収まり、津波層でも大きな変化は見られなかった。スタノールは生物の合成するステロールが還元的環境下において微生物の代謝反応の中で水素が付加されて生成する。C27のコレスタノールは生物が合成することはほぼなく、主にこの反応により生成される。よってスタノール/ステロール比は堆積環境の酸化還元状態を示す指標として用いられている。一方、C29スタノールは少量であるが、高等植物が合成している可能性が指摘されている。C27、C29スタノール/ステロール比はともに堆積場の酸化還元状態を示すため、本来同じ値を示すと予想されるが、津波層においてC27スタノール/ステロール比がC29スタノール/ステロール比より明らかに高い値を示し、C27がより還元的な値を示した。これはこの津波層にはより還元的な状態におかれたC27のスタノールが移入している可能性があり、津波による海起源成分の陸への運搬を示している可能性がある。また、ケロジェン分析では津波層からは渦鞭毛藻シストが観察されたが、バイオマーカー分析では渦鞭毛藻の成分は検出されなかった。また津波層からは多量の花粉も見られたが、一部の花粉は通常の花粉とは異なる赤色の蛍光を示し、より続成作用を受けている再堆積の花粉が含まれていると考えられる。この結果は津波層で続成の進んだバイオマーカー組成を示す傾向と調和的である。ただし、津波堆積物のケロジェンとバイオマーカーは必ずしも一致するわけではなく、堆積過程や保存機構が異なることが考えられる。津波堆積物中の有機物は多様で、古津波の同定・復元には複雑な要素が多くあるが、堆積学調査のみでは解析できない古津波情報を与える手法として有効であると考える。
【試料と方法】本研究では2016年に北海道厚岸郡厚岸町(43.0N, 144.5E)で採取された堆積コアを用いた。堆積コアは約3mあり、数千年分の堆積物を含んでいる。堆積コアは泥炭層とその間に挟まる最大数10cmの砂層により構成され、砂層はほぼ全て津波によって形成されたと考えられている。採取された堆積コアの大まかな年代決定は挟在するテフラ層を用いて行われた。バイオマーカー分析はGC-MSを用いて行い、ケロジェン分析はバイオマーカー分析の過程でできた抽出残渣からケロジェンを作成し、蛍光顕微鏡を用いて観察を行った。
【結果と考察】北海道東部沿岸地域は沖合に千島海溝を持つことから過去に多数の巨大津波が襲来したと考えられ、特に500年周期で訪れるとされる巨大津波は北海道東部の広い範囲で観察される(Nanayama et al., 2003)。n-アルカンを用いた平均鎖長(ACL)と水生植物アルカン比(Paq)の指標は堆積物における植物の種類の寄与率を表すが、これらの指標では津波堆積物のみで見られるような特徴は見られなかった。このACLやPaq値は津波による影響よりも周囲の植生の変遷の影響を受けていると考えられる。n-アルカンの奇数炭素優位性(CPI)は続成作用の程度を強く反映するが、周囲の泥炭よりもCPI値の低い津波層があった。これは津波により海底に堆積していた続成を受けた堆積物が運ばれてきたことを示すかもしれない。ステロイドは、炭素数27(C27)は主に真核藻類全般に由来し、C29は陸上高等植物に由来することが知られている。C27/C29の比をとることで主に海生の真核藻類と陸上高等植物、つまり堆積物中のステロイドの陸/海の寄与を推測することができる。C27/C29比は堆積コアを通じて5%以下で収まり、津波層でも大きな変化は見られなかった。スタノールは生物の合成するステロールが還元的環境下において微生物の代謝反応の中で水素が付加されて生成する。C27のコレスタノールは生物が合成することはほぼなく、主にこの反応により生成される。よってスタノール/ステロール比は堆積環境の酸化還元状態を示す指標として用いられている。一方、C29スタノールは少量であるが、高等植物が合成している可能性が指摘されている。C27、C29スタノール/ステロール比はともに堆積場の酸化還元状態を示すため、本来同じ値を示すと予想されるが、津波層においてC27スタノール/ステロール比がC29スタノール/ステロール比より明らかに高い値を示し、C27がより還元的な値を示した。これはこの津波層にはより還元的な状態におかれたC27のスタノールが移入している可能性があり、津波による海起源成分の陸への運搬を示している可能性がある。また、ケロジェン分析では津波層からは渦鞭毛藻シストが観察されたが、バイオマーカー分析では渦鞭毛藻の成分は検出されなかった。また津波層からは多量の花粉も見られたが、一部の花粉は通常の花粉とは異なる赤色の蛍光を示し、より続成作用を受けている再堆積の花粉が含まれていると考えられる。この結果は津波層で続成の進んだバイオマーカー組成を示す傾向と調和的である。ただし、津波堆積物のケロジェンとバイオマーカーは必ずしも一致するわけではなく、堆積過程や保存機構が異なることが考えられる。津波堆積物中の有機物は多様で、古津波の同定・復元には複雑な要素が多くあるが、堆積学調査のみでは解析できない古津波情報を与える手法として有効であると考える。