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[U06-03] 東京電力福島第一原子力発電所事故による海洋放射能汚染
キーワード:福島第一原子力発電所事故、放射性セシウム、海洋放射能汚染
2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所(FNPP1)事故によって、多くの放射性物質が大気中に放出された。大気中に放出された放射性物質のうち日本列島に沈着したものはその後の移動が遅かったのに対して、北太平洋に沈着した放射性物質は海水の移流・拡散によって速やかに輸送・希釈された。さらに海側では、大気沈着だけでなく高濃度の放射性物質を含んだ汚染水が直接流入した。その結果、北太平洋におけるFNPP1事故由来放射性物質の分布は、陸上のそれに比べて時空間的に大きく変動した。一方、海洋における放射能汚染調査は船舶を用いた観測に依存するところが大きく、限られた観測データから推定されたその放出・拡散過程には依然不明な点も多い。3月下旬、国と東京電力は海洋放射能汚染のモニタリングを開始した。開始当初はFNPP1から約50km圏内の福島県沿岸域のみが対象海域であったが、その後東北地方沖合海域、外洋域にまで拡大された。調査試料としては主に海水、海底土壌、魚類が採取され分析された。また事故発生直後から、国、大学、研究開発法人附属の調査船および練習船、またはボランティア船が海洋放射能汚染調査に協力した結果、多くの貴重な観測データが取得された。2012年6月には科学研究費助成事業新学術領域研究「福島原発事故により放出された放射性核種の環境動態に関する学際的研究」が採択された。この5年間のプロジェクトには地球惑星科学関連学協会員を中心とする50名近い研究者が参画し、海洋放射能汚染に関する多くの研究成果を挙げた。これまでに報告されている放射性物質の測定結果のなかでは、放射性セシウム(134Csと137Cs)の占める割合が圧倒的に大きい。これは放射性セシウムの濃度が相対的に高いこと、その寿命(半減期)が長いこと、さらに人体を含む生物体内に取り込まれ易いことによる。その他には放射性ストロンチウム(90Sr)、放射性ヨウ素(131I)などの測定結果も報告されているが、その議論は放射性セシウムに対する相対的な量比に関するものに留まっている。セシウムは水に溶けやすいため、海洋に放出された放射性セシウムの多くが溶存態として存在する。これまでに得られた海水中溶存放射性セシウム濃度の測定結果から、(1)北太平洋に大気沈着および直接流入した総量はそれぞれ10-20と2-6 ペタ(1015)Bqであったこと、(2)沈着・流入後は表面海流および冬季の表面水の沈み込み(モード水の形成)によって北太平洋全域に広がりつつあること、(3)事故初期に最高で107 Bq/m3まで上昇した海水中濃度は、現在ではFNPP1近傍海域を除きほぼ事故前の濃度(約 1 Bq/m3)近くまで低下したこと、などが明らかになった。(2)のモード水形成に伴う輸送の結果、放射性セシウムは想定されたよりも短時間で南へ運ばれたことがわかっているが、その具体的なメカニズムは不明である。福島県沿岸・沖合海域の海底土壌中の放射性セシウム濃度は事故直後に数百Bq/kgまで上昇したが、溶存態と同じく年々低下している。しかしその減少速度は溶存態濃度のそれに比べて遅く、現時点の平均濃度(約10 Bq/kg)は事故前の濃度(約1 Bq/kg)よりも依然高い。再懸濁による流出や河川粒子の流入などによるその収支には不明な点が多く、経時変化の定量的な議論は今後の課題である。福島県沿岸・沖合で採取された魚体中の放射性セシウム濃度も事故当初には103-104 Bq/kgの高い値が測定されたが、現在ではほとんどの測定データが国の規制値である100 Bq/kg以下まで低下した。しかし依然FNPP1事故前の値(約0.1 Bq/kg)よりも高く、またFNPP1港湾内で採取された底生魚では規制値よりも高い濃度が検出されている。これらについては海底土壌中の放射性セシウムの影響が示唆されているが、海底土壌から魚体内へのその具体的な経路は不明である。事故から7年を経過した現在、海洋で測定される放射性セシウム濃度は人体に直接影響を与える可能性がある濃度レベルをはるかに下回っている。FNPP1事故の責任国として、海洋の放射能汚染についての科学的に正しい情報を積極的に発信していくことは国際社会に対するわが国の責務であると考える。加えて、事故によって放出された放射性物質をtracerとして、北太平洋における海水循環および物質循環を定量的に議論する地球化学的研究を推進していくことも重要である。最後にFNPP1事故から得られた教訓として、(1)海洋放射能汚染のモニタリングにおける事業者、周辺自治体、国の役割分担と責任の明確化、(2)限られた船舶観測機会の非常時における効率的な運用計画の策定、の2つを挙げておきたい。