日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS13] 生物地球化学

2019年5月27日(月) 10:45 〜 12:15 201A (2F)

コンビーナ:木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:木庭 啓介(京都大学)、稲垣 善之藤井 一至

11:15 〜 11:30

[MIS13-03] 高緯度北極スバールバルの氷河後退域における土壌硝化能の遷移

*林 健太郎1田邊 優貴子2,3小野 圭介1浅野 眞希4服部 祥平5内田 雅己2,3早津 雅仁1 (1.農研機構・農業環境変動研究センター、2.国立極地研究所、3.総研大学、4.筑波大学、5.東京工業大学)

キーワード:硝化、アンモニア酸化能、氷河後退、ツンドラ、北極土壌、オープントップチャンバー

北緯80度付近に位置するスバールバル諸島は,暖流の影響を受けるために比較的暖かく,諸島西部を中心に20世紀より氷河の後退が進んできた.近年は氷河後退が一層加速していると懸念されている.陸上氷河の後退とは,それまで氷に隠れていた地表が外界に晒されることでもある.かつて存在したかも知れない土壌は氷食によって失われており,いわゆる母材が露出した状態となる.そこでは,水食のリスクはあるものの,土壌生成が再開する.その時,一度リセットされた土壌窒素循環はどのように再始動し,変遷していくのだろうか.また,高緯度北極で進行中と懸念される気候変動(特に昇温とそれに係る水循環の変化)が重なると,土壌窒素循環の変遷はどのように応答するのだろうか.窒素循環は多くのプレーヤーによる多くの過程が複雑に絡み合って成り立っている.本研究ではそのうち,硝酸態窒素の給源として重要な硝化に着目する.硝化はアンモニア酸化による亜硝酸生成と亜硝酸酸化による硝酸生成の2段階からなる微生物過程であり,アンモニア酸化が硝化速度全体を律速するとされる.また,硝化微生物は主として独立栄養性であり,遷移の初期から生態系に入り込んで定着するプレーヤーでもある.さらに,硝化微生物は細菌および古細菌と異なるドメインに存在することも興味深い.本研究の目的は,氷河後退が進行中のスバールバル諸島スピッツベルゲン島ニーオルスン近郊の東ブレッガー氷河において,その氷河後退域(前地)における表層土壌の硝化特性(アンモニア酸化能[AOP]および硝化微生物フロラ)の実態および経年変化,そしてオープントップチャンバー(OTC)を用いた環境操作(パッシブ式加温および土壌水分への影響)に対する硝化特性の応答を解明することである.
調査地は国立極地研究所が東ブレッガー氷河後退域に設置した永久コドラート2か所(サイト1, 北緯78°54'46'', 東経 11°50'18''; サイト2, 北緯78°54'54'', 東経11°49'38'')である.航空写真によれば,サイト1は1969~1977年の間に,サイト2は1950~1960年代に氷河が後退して地表が露出したとみられる.各サイトは岩や石に富むものの,細砂やシルトを含む鉱質土壌が形成されている.硝化特性の実態および経年変化を調べる実験は2015年7月に開始した.各サイトにOTCによる加温区と未処理の対照区を1つずつ設け,4 mmの篩を通してよく混和した現地の表層土壌(一部は初期値測定のために確保)を充填した塩ビ製コアを各区に20個ずつ埋設した.この混和処理は土壌の初期条件を揃えてシグナルの検出力を高めるためである.各区の土壌コアのうち5個にはそれぞれ土壌水分・地温センサー(5TM, Decagon)を設置してモニタリングを開始した.以降,毎年夏季に現地に赴き,サイトのメンテナンス,土壌水分・地温データの回収,および各区から3個の土壌コア回収を行った.回収した土壌コアは表層(0-2 cm)と下層(2-4 cm)分け,硝化特性の分析に供した.実験は2020年夏季まで継続する予定であり,今回の発表では途中経過を報告する.AOPは,好気条件で土壌に基質溶液を加えた振とう培養による10℃および20℃における亜硝酸生成速度として求めた.微生物フロラは,全年次の試料が揃ってから一まとめに解析する予定である.
OTCによる年単位の加温効果はサイト1で0.4~0.5℃,サイト2で0.5~0.7℃であった.ただし,加温効果が強くあらわれたのは積雪期であった.また,OTCによる土壌水分への影響は,実験開始後1年間は加温区で加湿傾向であったが,以降は加温区で乾燥傾向となった.原因の特定には至っていないものの,加温区の昇温が長期的な土壌の乾燥化をもたらしている可能性がある.AOPは,氷河後退後の経過年数の長いサイト2においてサイト1の約2倍の値を示した.加温区と対照区のAOPの差は顕著ではなく,表層と下層の差も顕著ではなく,また,経年変化も単調ではなかった.一方,20℃のAOPは,両サイト,表層・下層,経年変化の全ての条件を含めて10℃のAOPよりも顕著に大きかった.調査地の年平均地温は–1.5~0.3℃,非積雪期については5~6℃,日平均最高地温は14℃であった.20℃に対するAOPの顕著な正の応答は,今後の温暖化が硝化を促進する可能性を示唆する.調査開始から3年間のデータでは遷移傾向の結論は出せないものの,AOP(10℃)は増減が明瞭でなく,AOP(20℃)は増加傾向であった.今後2年分のデータに期待する.
本研究の成果は科研費26304018「高緯度北極氷河後退域における硝化特性の遷移とその気候変動応答の解明」および国立極地研究所プロジェクト研究KP309により得られた.