JpGU-AGU Joint Meeting 2020

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC44] 火山の熱水系

コンビーナ:藤光 康宏(九州大学大学院工学研究院地球資源システム工学部門)、神田 径(東京工業大学理学院火山流体研究センター)、大場 武(東海大学理学部化学科)

[SVC44-04] 霧島連山硫黄山の熱水中のヒ素の化学態変化とモノチオヒ酸の検出

*森 啓悟1益田 晴恵1石橋 純一郎2松島 健2柳川 勝紀3大島 将吾4田島 靖久5井川 怜欧6 (1.大阪市立大学、2.九州大学、3.北九州市立大学、4.西日本技術開発株式会社、5.日本工営株式会社、6.産業技術総合研究所)

キーワード:硫黄山、熱水、形態別定量分析

霧島火山群・硫黄山南火口群では,2018年4月19日に水蒸気噴火が発生した.二つの水蒸気噴火口(湯だまりW4・Y2)から流出した火山性流体には高濃度のヒ素が含まれていた.これらの噴火口では現在も活発な噴気活動・噴湯現象が継続している.本研究では硫黄山熱水系におけるヒ素の挙動を明らかにするために,2つの噴火口を含む霧島連山に湧出する熱水と低温の地下水と河川水を2018年4月〜2019年12月まで8回にわたって採取し,主要溶存成分・水の水素と酸素安定同位体比・ヒ素濃度を定量した.また2019年11月と12月に採取した試料を用いて,IC-ICP-MSを用いたヒ素の形態別定量分析と粉末X線回折法による熱水性堆積物の鉱物組成分析を行った.
初めて採取した2018年7月には,δ2H = -15〜-20‰,δ18O = +5‰のほぼ純粋なマグマ性流体(安山岩水)とみなせる強酸性(pH<1)の深部流体が二つの湯だまりから流出していた。この試料は硫酸・塩酸酸性であり,塩化物イオン濃度は300 mMを超えており,Cl/S比は約1.5であった.この時,総ヒ素濃度は期間を通して最高の約5500ppbを示した。また,深部流体を含む熱水の総ヒ素濃度は塩化物イオン濃度と良い正の直線関係を持っていた.硫酸イオン濃度よりも塩化物イオン濃度と良い相関を持つことから,ヒ素は塩素と同様の起源を持つのかもしれない.また,熱水系の中で,塩化物イオンと同様に,気体よりも液体に残りやすい性質がある.
W4(西火口湯だまり)から得られた11月の熱水中の総ヒ素(4400ppb)の95%以上を亜ヒ酸が占めており,残りはヒ酸であった.この時,熱水性堆積物からはアルナイト・クリストバライトが検出された.Y2では,2018年7月にはW4とほぼ同じ水質の熱水が湧出していたが,時間を経るに従って,塩化物イオン濃度が激減した.Y2地下で沸騰が起こったためであると判断された。この時に深部流体から分離した噴気成分の寄与が高いY2から2019年11月・12月に採取した試料のヒ素濃度は約50~180ppbであり,亜ヒ酸>ヒ酸であった.また約35~67%が形態を特定できないヒ素(peak X)が占めていた.このピークは同重体化合物による干渉ではないことと, Schwedt(1996)に基づいて合成したモノチオヒ酸のピークと保持時間の一致を確認したことから,peak Xはモノチオヒ酸と同定した.Y2には自然硫黄・アルナイト・石英・クリストバライトが確認された.W4の12月の試料中にも,微量のpeak Xが検出されたが,この時の熱水性堆積物中にも微量ながら自然硫黄が検出された.自然硫黄の存在がモノチオヒ酸の検出に対応することから,次の反応式で表される自然硫黄と亜ヒ酸の酸化還元反応により,湯だまりの中でモノチオヒ酸は形成されると考えられた.
2H2S + SO2 ⇄ 3S + 2H2O
S + H3As(III)O3 ⇄ H3As(V) O3S
硫黄山山頂北側に湧出する低温地下水のヒ素濃度は約10ppbであり,約95%以上をヒ酸が占めていた.山体を移動する過程で亜ヒ酸・モノチオヒ酸は好気的な地下水との混合により酸化されてヒ酸に変化する.この地下水からは微生物の代謝過程で生成されるモノメチルアルソン酸,ジメチルアルシン酸が検出された.微量ではあるが,これらの有機ヒ素は,Y2から採取した蒸気成分の卓越した熱水からも検出されることがあった.このことは,熱水活動が弱まってくると,低温の地下水がごく浅所で熱水に混入し,含まれている有機ヒ素が分解される間もなく地表に湧出していることを示している.
以上のことから,硫黄山のマグマ性流体中の初生的ヒ素は亜ヒ酸であり,湧出孔の湯だまり,あるいはその直下の沸騰が起こる環境下でモノチオヒ酸の生成が起こると言える.また,ヒ素をわずかに含む熱水に由来する地下水が拡散する山体の地下浅部では,ヒ素を代謝する生物の活動があると推定される.