日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CC 雪氷学・寒冷環境

[A-CC25] ニューノーマルの雪氷学

2021年6月3日(木) 10:45 〜 12:15 Ch.13 (Zoom会場13)

コンビーナ:永井 裕人(早稲田大学 教育学部)、舘山 一孝(国立大学法人 北見工業大学)、石川 守(北海道大学)、紺屋 恵子(海洋研究開発機構)、座長:石川 守(北海道大学)、紺屋 恵子(海洋研究開発機構)

11:30 〜 11:45

[ACC25-10] 山形県月山の積雪に現れる雪氷藻類による彩雪現象の高度分布と季節変化

*鈴木 拓海1、竹内 望1 (1.千葉大学)


キーワード:雪氷藻類、彩雪現象

極地や山岳域の融雪期の雪氷上には,雪氷藻類と呼ばれる光合成微生物が生息する.雪氷藻類が積雪上で大繁殖すると,藻類細胞が持つ色素によって,赤や緑,黄色など様々な色に積雪が着色する彩雪現象が現れる.日射が強く貧栄養条件では赤雪が,日射が弱く富栄養条件では緑雪が現れると考えられている(Thomas and Duval, 1995).山形県月山では,広葉樹林の林床の積雪に,毎年緑雪や黄色雪が現れるが,この彩雪現象が山岳積雪域にどのように分布し,季節とともに変化するのかは知られていない.日本の山岳域における彩雪現象の分布や変化を知ることは,雪氷藻類の繁殖条件や,積雪上の生態系の理解に必要である.そこで本研究では,月山の積雪に現れる彩雪現象の高度分布と季節変化を明らかにし,その要因を考察することを目的とした.

調査は,2019年の融雪期である5,6,7 月の各月に,樹林帯から高山帯にかけて計7か所の積雪を採取した.採取した積雪から,雪氷藻類バイオマスの指標となるクロロフィルa濃度の測定,雪氷藻類の細胞体積バイオマスの算出,藻類から抽出した色素の吸光スペクトルの測定を行った.また,彩雪現象が引き起こされる決定要因を明らかにするために,栄養塩濃度の測定,衛星画像やドローンの空撮画像を用いて樹林の被度の算出を行った.

融雪初期の積雪中のクロロフィルa濃度の分析の結果,上部の高山帯に比べ,下部の樹林帯で濃度が高く,さらに樹林帯の中でも標高の低い場所で比較的高濃度であることがわかった.一方,季節が進むと,全てのサイトでクロロフィルa濃度が上昇し,特に樹林帯の積雪上で顕著に上昇した.積雪の顕微鏡観察の結果, 形態の異なる複数の雪氷藻類細胞が観察された.形態で分類した雪氷藻類の種構成の高度分布を調べた結果,高山帯と樹林帯では繁栄する藻類の種構成が異なることがわかった.また,季節が進むと積雪全域で優占する種が変化した.採取した積雪から抽出した藻類色素の吸光スペクトルは,その波形によって主に3種類(赤雪タイプ,緑雪タイプ,橙雪タイプ)に分けることができた.これらのタイプは藻類に含まれる色素構成が異なると考えられる.吸光スペクトルを基に彩雪タイプの高度分布を調べた結果,高山帯では赤雪タイプのみが現れ,樹林帯では緑雪タイプが優占した.季節が進むと,高山帯では赤雪タイプが増加し,樹林帯では緑雪タイプが増加した.橙雪タイプは,融雪初期の樹林帯の標高の低い場所でのみ現れた.

クロロフィルa濃度,種構成および彩雪タイプの高度分布を,栄養塩濃度および樹林の被度と比較した結果,各サイトを通して栄養塩は積雪表面に充分に供給されているが,植生環境は高度によって異なることがわかった.樹木のない高山帯の雪面には日射量が比較的多く供給されているが,樹林帯では供給される日射量が比較的少ないと考えられる.そのため,高山帯では樹林帯とは異なる種が優占し,藻類の繁殖が阻害され,赤色の色素の生産が促進された可能性がある.反対に,樹林帯では,藻類の繁殖が促進され,赤色の色素が生産されなかった可能性がある.さらに,季節が進むにつれ樹林帯で顕著にクロロフィルa濃度が上昇したことは,樹林帯の樹木の開葉が進み,日射量が減少したことが要因となっているかもしれない.以上の結果は,月山の彩雪現象の高度分布および季節変化には,積雪表面の光条件に影響する樹木の有無や,樹木の開葉のタイミングが強く関与していることを示唆している.