日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[E] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG29] 中緯度大気海洋相互作用

2021年6月4日(金) 10:45 〜 12:15 Ch.10 (Zoom会場10)

コンビーナ:遠山 勝也(気象庁気象研究所)、釜江 陽一(筑波大学生命環境系)、木戸 晶一郎(海洋開発研究機構 付加価値創生部門 アプリケーションラボ)、関澤 偲温(東京大学先端科学技術研究センター)、座長:遠山 勝也(気象庁気象研究所)、木戸 晶一郎(海洋開発研究機構 付加価値創生部門 アプリケーションラボ)

10:45 〜 11:05

[ACG29-07] 北太平洋モード水のトレーサとしての放射性セシウム

★招待講演

*熊本 雄一郎1 (1.国立研究開発法人海洋研究開発機構)

キーワード:北太平洋、モード水、放射性セシウム

西部北太平洋の中緯度では、冬季に大量の熱が大気に奪われ、表面水が高密度化することで、深さ数百mに達する表面混合層が形成される。その混合層水は、混合到達深度の等密度面に沿って亜表層を水平的に南に移流し、渦位の極小の“モード水“を形成する。大きく区分すると、黒潮フロントの南側の黒潮再循環域では北太平洋亜熱帯モード水(海水密度約25.0~25.6σθ)、フロント北側の混合海域ではより重たい北太平洋中央モード水(海水密度約26.0~26.6 σθ)が形成される。それらモード水は、水温・塩分偏差とともに亜表層に沈みこむが、その一部は数年以上のタイムスケールで海面に再出現し、大気にフィードバックを与え得ると考えられている。またモード水の沈みこみ・再出現は、生物生産に欠かせない栄養塩のサーモクライン内での循環にも影響すると考えられている。このようなモード水の三次元循環の定量的な解析は、北太平洋中緯度における大気海洋相互作用系および生態系の理解に必要不可欠である。そのためには、海水に溶存し海水と動きを同じくするトレーサを利用することが有効である。1950~1960年代を中心に大気中核兵器実験によって北太平洋に沈着した放射性セシウムは、有用なトレーサのひとつである。大気沈着した核実験起源放射性セシウムは、速やかに海水に溶存し亜熱帯モード水および中央モード水の沈み込みに伴って海洋内部に移行したこと、さらに約50年という時間スケールで北太平洋から南太平洋に運ばれたことが明らかになっている。また、2011年に発生した福島第一原子力発電所事故によっても北太平洋に放射性セシウムが放出され、それを追跡することによって、過去10年間の亜熱帯モード水の動態が解明されつつある。それらの観測結果の詳細については講演で紹介する予定であるが、最も注目すべき観測結果のひとつとして、福島原発事故のわずか約10か月後に事故由来の放射性セシウムが、北緯20度の深度約300mの亜表層において観測されたことを挙げることができる。これが亜熱帯モード水の南方への移流によって運ばれたものであるならば、従来の地衡流的な解析によって得られるその移流速度では説明することができない。近年のアルゴフロートによる時空間的に高密度な観測データの取得、人工衛星による観測、さらに高解像度の海洋モデルシミュレーションの解析によって、海水中の溶存物質の輸送にメソスケール(100~300 km)の中規模渦だけでなく、サブメソスケール(1~50 km)の渦や縞模様が大きな影響を与えている可能性が指摘されている。福島原発事故起源の放射性セシウムの急速な南への輸送は、この仮説を支持する観測結果である。福島原発事故から10年を経過した現在、事故起源放射性セシウムの濃度は放射壊変によって事故直後に比べて1/30以下まで低下しており、外洋域において新たな観測データを得ることは物理的に困難になりつつある。今後は、これまでに得られている観測データのシンセシス、および高解像度の海洋モデルによる再現実験などを参考にすることによって、海域を絞り込んだ効率的な観測計画を立案することが求められる。本研究は、文部科学省科研費JP20H05173の助成を受けた。