日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG39] 北極域の科学

2021年6月4日(金) 17:15 〜 18:30 Ch.08

コンビーナ:中村 哲(北海道大学大学院地球環境科学研究院)、小野 純(海洋研究開発機構)、島田 利元(宇宙航空研究開発機構)、両角 友喜(北海道大学 大学院農学研究院)

17:15 〜 18:30

[ACG39-P15] アラスカ・グルカナ氷河における雪氷藻類に寄生するツボカビに関する研究

*小林 綺乃1、竹内 望2 (1.千葉大学 大学院融合理工学府、2.千葉大学 大学院理学研究院)

キーワード:ツボカビ、雪氷藻類、菌類、クリオコナイトホール、氷河

北極圏の氷河の表面には,雪氷藻類という光合成微生物が繁殖している.雪氷藻類の繁殖は,雪氷上を色付けて表面アルベドを下げることで,雪氷の融解を促進することが明らかになっている.Kol (1942)は,アラスカの氷河の雪氷藻類の顕微鏡観察から,暗色の雪氷藻類の一種Ancylonema (A.) nordenskioldiiの細胞にツボカビという微生物が寄生していること報告した.ツボカビとは,鞭毛をもつ遊走子という細胞を作る菌類の仲間で,その多くは維管束植物,藻類,ミジンコ等の無脊椎動物や,カエル等の脊椎動物など様々な分類群の生物に寄生することが知られている.ツボカビによる寄生は,寄主の種の絶滅を招いたり,個体群の季節変動を制御したりするなど,生態系に大きな影響力をもつことが明らかになっている.したがって,雪氷藻類に寄生するツボカビの生態を理解することは,氷河生態系や雪氷の融解過程を理解する上で重要である.しかしながら,雪氷藻類に寄生するツボカビについては,存在が知られているだけでその実態はまだほとんど明らかになっていない.融解する氷河の表面は,水条件の異なる複数の生息場所に分けることができ,藻類を含む多くの雪氷生物は,氷表面とクリオコナイトホールという水たまりに多く生息している.水中を泳ぐ遊走子によって繫殖するツボカビは,水条件の異なるこれらの生息場所では分布に違いがある可能性がある.そこで本研究では,多くの雪氷生物が生息し,藻類による氷河の暗色化も報告されている,アラスカ州グルカナ氷河において,その裸氷域表面で採取された雪氷サンプル中の雪氷藻類およびそれに寄生するツボカビを観察し,ツボカビの形態と分布,そして藻類への被寄生率を明らかにすることを目的とした.
 分析に用いた雪氷サンプルは,2015年8月にアラスカ州グルカナ氷河で採取され,標高が異なる3地点(1385 m,1470 m,1585 m)のクリオコナイトホールおよび氷表面のサンプルを分析した.サンプルは,菌類(キチン質)を特異的に染色する蛍光試薬カルコフロールホワイトを加え,蛍光顕微鏡で雪氷藻類に寄生しているツボカビの形態的特徴を観察し,さらに雪氷藻類の寄生の有無をカウントして藻類への被寄生率を算出した.撮影した顕微鏡画像を画像処理アプリケーションImage Jで解析し,ツボカビおよび藻類細胞のサイズを測定した.
 観察の結果,ツボカビが付着している多数の緑藻A. nordenskioldiiが含まれていた.藻類の細胞中に伸びるツボカビの仮根を観察したところ,長さが短いもの(タイプA),長く膨らみが存在するもの(タイプB),藻類細胞の外に仮根が伸びるもの(タイプC)の,大きく分けて3つのタイプが観察できた.これらのツボカビは,サイズや形態の違いによって異なる生活段階が観察された.このことは,実際にこの氷河でツボカビが藻類に寄生しながら活動し,繫殖していることを示している.藻類への被寄生率を求めた結果,クリオコナイトホールで約20 %,氷表面で約4 %となり,どのサイトでもクリオコナイトホールのほうが,氷表面より被寄生率が有意に高いことがわかった.このことは,ツボカビは,氷表面よりクリオコナイトホールでより繫殖していることを示している.ツボカビと藻類細胞の平均サイズを求めた結果,ともにクリオコナイトホールより氷表面で有意に大きいことがわかった.この結果から,藻類細胞サイズが大きいとツボカビもサイズが大きくなると考えられる.以上の結果から,アラスカ州グルカナ氷河の表面には多数のツボカビが存在し,クリオコナイトホールの形成や崩壊過程が,氷河全体のツボカビによる藻類の被寄生率に影響し,さらに藻類の繁殖量にも影響する可能性があることがわかった.