日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG41] 沿岸海洋生態系─2.サンゴ礁・藻場・マングローブ

2021年6月3日(木) 13:45 〜 15:15 Ch.10 (Zoom会場10)

コンビーナ:梅澤 有(東京農工大学)、宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 生元素動態分野)、渡邉 敦(笹川平和財団 海洋政策研究所)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)、座長:梅澤 有(東京農工大学)、宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 生元素動態分野)、渡邉 敦(笹川平和財団 海洋政策研究所)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)

14:45 〜 15:00

[ACG41-11] 八代海における成層の影響を考慮した海水中CO2分圧動態再現のための数値モデルの開発

*齋藤 直輝1、熊 柄2、小森 博仁2、矢野 真一郎2、中山 恵介3、駒井 克明4、矢島 啓5 (1.国立研究開発法人産業技術総合研究所、2.九州大学、3.神戸大学、4.北見工業大学、5.島根大学)

キーワード:海水中CO2分圧、大気-海水間CO2フラックス、生態系モデル、ブルーカーボン

地球上の生物が固定する炭素のうち,約55 %は海洋生物が固定する炭素,いわゆる「ブルーカーボン」である.特に,海草藻場等の植生を有する沿岸域は,炭素貯留機能が極めて高く,大気中CO2の削減において重要と考えられている.
一方,沿岸域のCO2吸収量の推計値は,現状では不確実性が高い.一般的に,大気中から海水中へのCO2吸収量の算出には,海水中CO2分圧(以下,pCO2)が用いられる.pCO2が大気中CO2分圧を下回ると,海水中へCO2が吸収される.しかし,沿岸域のpCO2は流動や生物活動等の影響を受けるため,時空間的に大きく変動する.以上より,沿岸域のCO2吸収量の推計精度を向上させるために,流動構造や生態系等の多様な条件に基づくpCO2のデータの蓄積が求められている(例えばMacreadie et al. (2019)).
また,例えばKone et al. (2008)により,pCO2は成層の発達に伴い変動することが報告されている.成層期には,植物プランクトンの光合成により表層のpCO2が低下する.しかし,成層とpCO2の関係に着目した詳細な現地調査やモデル開発の事例は少ない.そのため,成層が沿岸域のCO2吸収量に及ぼす影響は未解明である.
本研究では,沿岸域のCO2動態に関する基礎的な知見を得ることを目的に,以下の3つを行った.まず,3つの成層条件下でpCO2に関する現地調査を実施し,成層条件毎のpCO2動態の違いを確認する.続いて,調査結果に基づき,各成層条件のpCO2動態を高精度に再現できる数値モデルの開発を行う.さらに,開発した数値モデルを用いて,成層の影響を考慮した沿岸域におけるCO2吸収量の時空間的変動の解明を試みる.なお,本研究の対象海域である八代海は,温帯域でありながらアマモだけでなくサンゴも生息するという特徴を持つ.
調査地点は,強い塩淡成層の発達が予想される,八代海に流入する河川の流域面積のうち約60 %を占める球磨川の河口に近い海域において選定した.調査日は,弱い成層期の2018年8月26日,混合期の同年12月7日,および強い成層期の2019年8月2日とした.当日の9時頃(満潮)から15時頃(干潮)までの半潮汐間に,水質測定と採水を行った.測定項目は,水質測定では水温や塩分等の鉛直分布,採水では溶存無機炭素濃度(DIC)と全アルカリ度(TA)とした.採水は満潮時,満潮1.5時間後,下げ潮最大時,干潮1.5時間前,干潮時の計5回行った.水深0, 3, 6, 9, 12, 15 mの計6層において,合計30サンプルを採取した.pCO2は炭素系の化学的平衡関係より水温,塩分,DICおよびTAから算出した.
汎用型沿岸域流動数値モデルDelft3Dを用いて,pCO2の数値モデルを開発した.モデルは流動モデルおよび低次生態系モデルで構成される.計算領域は,有明海と八代海を結合した範囲とした.水平方向の解像度は,Δxが250 m程度,鉛直方向はσ座標系で17層(上から2%×10層,5%×1層,10%×3層, 15%×3層)を設定した.低次生態系モデルを構成する要素は,植物プランクトン(一種類),栄養塩(三種類),粒子性有機物,溶存酸素DO,DICおよびTAとした.主なプロセスは,植物プランクトンの光合成・呼吸・枯死,有機物の沈降・無機化,硝化,再曝気等である.
各成層条件の現地調査より,成層発達に伴うpCO2の鉛直方向の変動が明らかとなった.観測結果を基にpCO2動態の数値モデルを開発した.モデルは,異なる成層条件でのpCO2の鉛直分布を良く再現できていた.pCO2はサンプル数N = 89について,観測値と計算値の間の相関係数R = 0.808 (p < 0.01),二乗平均平方根誤差率RMSPE = 2.68 %であった.モデルの結果より,河口周辺のCO2吸収量は,河川の出水に伴って時空間的に大きく変動することが確認された.球磨川河口付近の八代海北部について,出水期以外は月400 t 前後のCO2が海水中へ吸収されるという結果を得た.一方,出水期には海水中から微量のCO2放出となった.さらに,塩淡成層が沿岸域のCO2吸収量に及ぼす影響として以下の2つが確認された.(1)出水直後は塩淡成層が発達し,河川水が表層に集中するため,海水中からのCO2放出が促進される.(2)混合が進み塩淡成層が弱まると,表層に植物プランクトンの極大層が現れ,光合成により海水中へのCO2吸収が促進される.
今後は,本研究で考慮できていないアマモ場などの藻場やサンゴの生息の影響について,現地観測による実態調査と,それらの影響のモデルへの組み込みを行う必要がある.これらにより,沿岸域のブルーカーボン動態の実態解明への展開が期待される.