日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT02] 地球生命史

2021年6月6日(日) 10:45 〜 12:15 Ch.26 (Zoom会場26)

コンビーナ:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)、座長:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)

11:15 〜 11:30

[BPT02-03] 微小感覚器官が明らかにする白亜紀ゴキブリの知覚システムと生態

*谷口 諒1、伊庭 靖弘1、西野 浩史2、渡邉 英博3、立石 康介3 (1.北海道大学 大学院理学院、2.北海道大学 電子科学研究所、3.福岡大学 理学部 地球圏科学科)


キーワード:微小感覚器官、ゴキブリ、琥珀、生態復元、破壊分析、白亜紀

動物の感覚器官は周囲の環境に関する情報を探知する重要な役割を担っている.昆虫は動物界で最も多くの種数を含むグループであり,彼らの感覚器官はその小さなサイズによる強い制約を被っているにもかかわらず,複雑な情報を処理できる優れた能力をもっている.昆虫の中でもゴキブリは地球上に誕生して以来,長期間にわたってそのボディープランを維持しており,夜行性の生態を反映する感覚器官の特徴を有している.そのため,ゴキブリは昆虫の優れた感覚器官の進化史・多様性を古生物学的アプローチで理解するに当たり,モデル生物として見なすことができる.このような長時間スケールでの生物進化を研究する上で,唯一の物的証拠となるのが化石であるが,昆虫器官は非常に小さく硬組織も持たないため,通常はほとんど化石として保存されない.例外的に,琥珀中ではこうした微小器官まで良好に保存される可能性があるが,X線CTのような既存の非破壊分析の分解能では,昆虫化石の微細構造を可視化することはできていない.本研究では,非破壊的手法に加えて破壊的手法を取り入れることにより,白亜紀のミャンマー産琥珀に保存されたオスの化石ゴキブリ(Huablattula hui Qiu et al., 2019)の微小感覚器官を詳細に観察した.さらに,観察結果に基づき化石ゴキブリの知覚システムや生態を高解像に復元した.
 まず,複眼を構成する個眼数を推定するために,マクロ撮影画像およびX線CTによる三次元モデルから個眼と複眼の表面積を計測した.次に,触角表面の感覚子(多様な外界刺激を受容し,非破壊分析では可視化できない微小センサー)を観察するために,化石標本の右触角を切断し,研削・研磨加工によって厚さ200µmのプレパラートを作製した.作製した触角切片は共焦点レーザー顕微鏡による高倍率観察を行った.
 H. huiの複眼は大きく球形で,約6,000個の個眼から構成されていた.これは体長がH. huiより約5倍大きい夜行性現生種の1.5倍の数に当たる.触角表面には多数の感覚子が精細に保存されており,これらは形態に基づき機械刺激や嗅刺激に応答する感覚子であると推定できた.暗環境に適応した現生種と比べて,これらの感覚子はいずれも体サイズに対して小さく,また機械感覚子は顕著に数が少ない.以上の特徴は,H. huiが触角で感知される接触や匂いよりも,複眼で受容される光に頼って外界を認識していたことを示し,本種は多くの現生ゴキブリとは異なり明環境に適応した昼行性であったと推測される.また,オスのH. huiの触角上には,現生カマキリのオス触角に特に多く存在する感覚子と相同な感覚子が,同様に多数観察された.特定の感覚子の数における性差は性フェロモン利用の結果と考えられるため,H. huiは現生カマキリと共通した異性間コミュニケーションを行っていた可能性がある.本研究により,破壊分析を伴う微小感覚器官の詳細な観察が,化石昆虫の生態・行動の高解像復元に活用可能であることが示された.