14:45 〜 15:00
[G03-05] オンライン巡検をリアルに近づける事例 -現地生放送型オンライン巡検の実施と手法の共有-
キーワード:遠隔授業、野外観察、手法紹介、露頭記載、オンライン会議システム、カメラスタビライザー
1.はじめに
COVID-19感染対策のため,野外実習や巡検の機会が減りつつある.その一方で,オンラインによる巡検の機会が増えてきた.もともと,遠隔授業としては1980年代後半にテレビ会議システムを使った教室-教室間の遠隔授業や交流授業が行われた(たとえば清水, 1986; 川村, 1993など).2000年代に入ると高速化したインターネット回線によって,遠隔授業の導入が増加し,また教室-野外間の事例もみられるようになった(たとえば相馬ほか,2000; 川村ほか,2011).2010年以降はスマートフォンや衛星電話の利用など接続の多様性が進んでいる.しかし,これらは授業の一部としてオンラインを活用しており,研究・学習対象を巡る「巡検」としての事例は管見する限り見つからない.
早川ほか(2015)は実地で行った巡検とインターネット上の地図をもとに,オンライン式の巡検コンテンツの構築を模索している.ただし,利用者は公開後にオンデマンドとして(時間を異にして)これらのコンテンツを利用するため,案内者と参加者に直接のやりとりは無い.
その後,2020年以降のコロナ禍の中では,複数の博物館を結んだ巡検(学術野営2020.https://amane-project.jp/post-1111/)など,オンライン巡検と称した企画がいくつか行われている.この中で,グループ「みんなで地理プラーザ!」(https://geo-plaza.hatenablog.com/)は地理分野の巡検として,Googleストリートビューをベースにした市街地でのオンライン巡検を開催している.このZoomを使ったこの巡検は案内者と参加者のやり取りのある本来の巡検に近い形が実現している.
また,伊豆半島ジオパークは「第二回 アースサイエンスウィーク・ジャパン in 静岡」(https://www.earthsciweekjp.org/)の中の一企画として露頭前からリアルタイムの巡検案内をZoomで行っている.
今回,筆者は高等学校の地学部や地学オリンピック主催の企画の中で,野外の地形や露頭と参加者を結ぶオンライン巡検を実施した.この企画は上述の前例を知らない中で,手探りでの準備であった.しかし,発信側が1~数名で簡易に実施できたこともあり,学校教育や生涯教育のオンラインでの巡検や野外観察会において,今後参考になるであろう知見がいくつか得られたので,ここで報告する.
2.実施事例
(1) 公立高校地学部 学校近隣の地形・地質観察
地学部の活動の一環として2021年1月下旬開催.参加者:コロナ禍の影響で部外者の同行ができないなかで,部員6名がオンラインで参加.発信側は案内役2名(外部講師),ファシリテータ1名(部活顧問)の計3名.河川地形,およびその構成層を移動しながら説明.実施時間は約2時間.移動中はZoomを一旦閉じて休憩時間とした.案内者は徒歩と自転車で観察地点間を移動.巡検中の移動距離は2.5 km.使用機材:スマートフォン(iPhone 8.個人所有),ジンバル(DJI Osmo 4).巡検ルートは全域にわたって携帯電話の電波が良好な範囲であった.学校の近隣ということで大まかな土地勘はあり,さらに顧問と部員は主な対象とする露頭には事前に訪して概観を理解したうえでの実施であった.
(2) 地学オリンピック フューチャー・アース・スクール 2020年度第7期
国内の中学・高校生を対象に参加者を募集.場所:東京都世田谷区等々力渓谷~神奈川県川崎市中原区多摩川右岸堤防上.参加者:中学生2名,高校生2名.発信側は,現地では案内役1名,補助役3名(渓谷内の移動補助)の計4名.この他,ファシリテータ1名が異なる場所からオンラインで参加した.テーマは河川の地形・地質と河川防災で,実施時間は2時間半,移動距離は徒歩2.3 km,自転車5.5 km.移動途中のZoomの中断は無く,特に多摩川左岸から右岸下流側への移動(約15分)は関連のmp4動画をZoomの画面共有で配信する等の工夫をした.使用機材と携帯電話の電波状況は上記①の巡検と同じである.
(3) 地学オリンピック フューチャー・アース・スクール 2020年度第7期
国内の中学・高校生を対象に参加者を募集.場所:神奈川県川崎市多摩区生田緑地.参加者:中学生6名,高校生4名.発信側は現地案内役1名,およびファシリテータ1名が異なる場所からオンラインで参加.実施時間は30分でテーマは地質露頭の観察でる.この企画では案内者は移動はせずに,一か所の露頭を,広域的な位置や地形・地質背景の説明につづいて,露頭に近接して各層準を説明,露頭全体の写真をもとにスケッチ作業を例示し,参加者にも簡単なスケッチに挑戦してもらった.使用機材:iPad (Wi-Fi型第7世代.携帯電話からネット共有),Apple Pencil,アプリ「GoodNotes 5」.巡検ルートは全域にわたって携帯電話の電波が良好な範囲であった.
3.得られた知見
現地リアルタイム型のオンライン巡検を実施したことによって,以下の様な発信側の工夫や注意する点が明らかになった.
◆発信側の人員: 現地からの案内は一人でも可能であることがわかった.ただし,通信の途絶時や参加者からの質問の促し等を考えると,参加者との間にたつファシリテータ役の存在が非常に重要である.
◆ホワイトボード: 通常の巡検では,配布資料の補足として,用語の説明や概観図の提示などにはホワイトボードを使う場合が多いはずである.一方,オンラインの場合は,スタイラスペンをつかってタブレットの画面に書き込むことでホワイトボードの代用が可能であった.特に,露頭スケッチの説明には露頭写真に線や文字を重ねて,その後に写真だけ消すといったことも可能である.これはホワイトボードではできなかった工夫であろう.
◆ジンバルによる固定: スマートフォンをジンバルに固定して撮影をすると,大きな振動の吸収や,カメラの急激な回転(パン)も防げる.歩きながらの説明の場合などに有効である.自転車での移動には大変に有効であった.ただし,露頭前から発信する場合,スマートフォンやタブレットを手持ちで撮影することが多く,ジンバルでは手が余計に疲れるといった問題もある.
◆マイク: 野外でZoomに参加するため,雑音の対策としてマイクとイヤホンの使用は必須である.今回は,万一の接続不良を避けるために有線のマイク・イヤホンを頭に固定して実施した.また,今回は一部で自転車での移動があったが,マイクスポンジをつかった風防が大いに役立った.
◆携帯電話回線: 今回の現地生放送型オンライン巡検では,いずれの地点ともに携帯電話の回線は良好であった.しかし,全国の露頭や巡検ポイントを見ると必ずしもそういった場所ではない.実施前の下見で十分な確認が必要である.
4.まとめ
コロナ禍において,オンラインによる巡検が今後も増えていくことは明らかである.その中で,参加者が臨場感のある「フィールド」の中で,リアルに案内者とやり取りができる「現地生放送型オンライン巡検」の充実はより一層期待されるはずである.今回のような事例やノウハウの集積と共有が望まれる.
*本研究では岩淵寛氏(東京都立清瀬高校),小池徹氏((株)地球システム科学),および地学オリンピック日本委員会の皆様にご協力をいただいた.
COVID-19感染対策のため,野外実習や巡検の機会が減りつつある.その一方で,オンラインによる巡検の機会が増えてきた.もともと,遠隔授業としては1980年代後半にテレビ会議システムを使った教室-教室間の遠隔授業や交流授業が行われた(たとえば清水, 1986; 川村, 1993など).2000年代に入ると高速化したインターネット回線によって,遠隔授業の導入が増加し,また教室-野外間の事例もみられるようになった(たとえば相馬ほか,2000; 川村ほか,2011).2010年以降はスマートフォンや衛星電話の利用など接続の多様性が進んでいる.しかし,これらは授業の一部としてオンラインを活用しており,研究・学習対象を巡る「巡検」としての事例は管見する限り見つからない.
早川ほか(2015)は実地で行った巡検とインターネット上の地図をもとに,オンライン式の巡検コンテンツの構築を模索している.ただし,利用者は公開後にオンデマンドとして(時間を異にして)これらのコンテンツを利用するため,案内者と参加者に直接のやりとりは無い.
その後,2020年以降のコロナ禍の中では,複数の博物館を結んだ巡検(学術野営2020.https://amane-project.jp/post-1111/)など,オンライン巡検と称した企画がいくつか行われている.この中で,グループ「みんなで地理プラーザ!」(https://geo-plaza.hatenablog.com/)は地理分野の巡検として,Googleストリートビューをベースにした市街地でのオンライン巡検を開催している.このZoomを使ったこの巡検は案内者と参加者のやり取りのある本来の巡検に近い形が実現している.
また,伊豆半島ジオパークは「第二回 アースサイエンスウィーク・ジャパン in 静岡」(https://www.earthsciweekjp.org/)の中の一企画として露頭前からリアルタイムの巡検案内をZoomで行っている.
今回,筆者は高等学校の地学部や地学オリンピック主催の企画の中で,野外の地形や露頭と参加者を結ぶオンライン巡検を実施した.この企画は上述の前例を知らない中で,手探りでの準備であった.しかし,発信側が1~数名で簡易に実施できたこともあり,学校教育や生涯教育のオンラインでの巡検や野外観察会において,今後参考になるであろう知見がいくつか得られたので,ここで報告する.
2.実施事例
(1) 公立高校地学部 学校近隣の地形・地質観察
地学部の活動の一環として2021年1月下旬開催.参加者:コロナ禍の影響で部外者の同行ができないなかで,部員6名がオンラインで参加.発信側は案内役2名(外部講師),ファシリテータ1名(部活顧問)の計3名.河川地形,およびその構成層を移動しながら説明.実施時間は約2時間.移動中はZoomを一旦閉じて休憩時間とした.案内者は徒歩と自転車で観察地点間を移動.巡検中の移動距離は2.5 km.使用機材:スマートフォン(iPhone 8.個人所有),ジンバル(DJI Osmo 4).巡検ルートは全域にわたって携帯電話の電波が良好な範囲であった.学校の近隣ということで大まかな土地勘はあり,さらに顧問と部員は主な対象とする露頭には事前に訪して概観を理解したうえでの実施であった.
(2) 地学オリンピック フューチャー・アース・スクール 2020年度第7期
国内の中学・高校生を対象に参加者を募集.場所:東京都世田谷区等々力渓谷~神奈川県川崎市中原区多摩川右岸堤防上.参加者:中学生2名,高校生2名.発信側は,現地では案内役1名,補助役3名(渓谷内の移動補助)の計4名.この他,ファシリテータ1名が異なる場所からオンラインで参加した.テーマは河川の地形・地質と河川防災で,実施時間は2時間半,移動距離は徒歩2.3 km,自転車5.5 km.移動途中のZoomの中断は無く,特に多摩川左岸から右岸下流側への移動(約15分)は関連のmp4動画をZoomの画面共有で配信する等の工夫をした.使用機材と携帯電話の電波状況は上記①の巡検と同じである.
(3) 地学オリンピック フューチャー・アース・スクール 2020年度第7期
国内の中学・高校生を対象に参加者を募集.場所:神奈川県川崎市多摩区生田緑地.参加者:中学生6名,高校生4名.発信側は現地案内役1名,およびファシリテータ1名が異なる場所からオンラインで参加.実施時間は30分でテーマは地質露頭の観察でる.この企画では案内者は移動はせずに,一か所の露頭を,広域的な位置や地形・地質背景の説明につづいて,露頭に近接して各層準を説明,露頭全体の写真をもとにスケッチ作業を例示し,参加者にも簡単なスケッチに挑戦してもらった.使用機材:iPad (Wi-Fi型第7世代.携帯電話からネット共有),Apple Pencil,アプリ「GoodNotes 5」.巡検ルートは全域にわたって携帯電話の電波が良好な範囲であった.
3.得られた知見
現地リアルタイム型のオンライン巡検を実施したことによって,以下の様な発信側の工夫や注意する点が明らかになった.
◆発信側の人員: 現地からの案内は一人でも可能であることがわかった.ただし,通信の途絶時や参加者からの質問の促し等を考えると,参加者との間にたつファシリテータ役の存在が非常に重要である.
◆ホワイトボード: 通常の巡検では,配布資料の補足として,用語の説明や概観図の提示などにはホワイトボードを使う場合が多いはずである.一方,オンラインの場合は,スタイラスペンをつかってタブレットの画面に書き込むことでホワイトボードの代用が可能であった.特に,露頭スケッチの説明には露頭写真に線や文字を重ねて,その後に写真だけ消すといったことも可能である.これはホワイトボードではできなかった工夫であろう.
◆ジンバルによる固定: スマートフォンをジンバルに固定して撮影をすると,大きな振動の吸収や,カメラの急激な回転(パン)も防げる.歩きながらの説明の場合などに有効である.自転車での移動には大変に有効であった.ただし,露頭前から発信する場合,スマートフォンやタブレットを手持ちで撮影することが多く,ジンバルでは手が余計に疲れるといった問題もある.
◆マイク: 野外でZoomに参加するため,雑音の対策としてマイクとイヤホンの使用は必須である.今回は,万一の接続不良を避けるために有線のマイク・イヤホンを頭に固定して実施した.また,今回は一部で自転車での移動があったが,マイクスポンジをつかった風防が大いに役立った.
◆携帯電話回線: 今回の現地生放送型オンライン巡検では,いずれの地点ともに携帯電話の回線は良好であった.しかし,全国の露頭や巡検ポイントを見ると必ずしもそういった場所ではない.実施前の下見で十分な確認が必要である.
4.まとめ
コロナ禍において,オンラインによる巡検が今後も増えていくことは明らかである.その中で,参加者が臨場感のある「フィールド」の中で,リアルに案内者とやり取りができる「現地生放送型オンライン巡検」の充実はより一層期待されるはずである.今回のような事例やノウハウの集積と共有が望まれる.
*本研究では岩淵寛氏(東京都立清瀬高校),小池徹氏((株)地球システム科学),および地学オリンピック日本委員会の皆様にご協力をいただいた.