15:30 〜 15:45
[HCG27-01] どのようにして科学はねじ曲げられたのか
★招待講演
キーワード:原子力発電所、長期評価、3.11津波
2002年の三陸沖から房総沖へかけての津波地震の長期評価以後、幾つかの機会があったにもかかわらず、東京電力は福島第一原発の対策を引き延ばし、遂に重大事故に至った。長期評価を担って来たものとして直に見聞したことから、「葬られた津波対策をたどって」(岩波『科学』2009年1月号〜2010年6月号)と題して、経緯を書き留めた。これまで裁判によって東京電力内部などから証拠が提出され、部分的ではあるが客観的に経緯が明らかになっている。震災後十年を迎え、個々の状況に基づいて、どのように科学がねじ曲げられたのかを見る。
科学をねじまげるためには、まず、権威が必要である。権威によって自分の立場を優勢にする。そして権威でカバーしきれないことを、一方的に事業者に有利になるように運ぶ。専門性のある事項について、一方的な引用、説明などの誤摩化しが加えられる。しかし、専門的事項のため見過ごされ、誤りに基づいて判断が下される。
ここでは上記の専門性について二例を紹介する。
一つ目は津波地震と付加体の関係である。津波地震は最初、付加体と関連づけられた。しかし広帯域地震観測網で最初に捉えられた津波地震は1992年ニカラグア地震で、非付加型海溝(付加体がない、或はあっても小規模である海溝)で発生した。調査団が派遣され、津波地震を評価した委員(海溝分科会)の多数が調査や解析を行っており、非付加型海溝での津波地震発生メカニズムも言及された。分科会で付加体の議論がなかったのは、付加体の有無にかかわらず津波地震が発生するからと思われる。
一方、刑事裁判の一審判決では、権威となる幾つかの論文が示され、「付加体の存在が津波地震の発生様式と関連していると考えられていた」と、一方的な判断を下した。日本海溝の北側には付加体があり、南側には無い。この点に長期評価は「応答を示していない」。津波地震が日本海溝のどこでも起こることに「十分な根拠を示していたとは言い難い」とし、津波の予見性はなかったと結論している。
また関連して谷岡・佐竹論文(科学、1996)は、2002年の長期評価公表直後、東京電力による対策引き延ばしに使われた。権威は土木学会による「原子力発電所における津波評価技術」。これに掲載されている谷岡・佐竹論文によれば、福島県沖で津波地震は発生しないと東京電力は主張した。しかしこれは一方的な説明で、論文ではニカラグア地震の例も引用されている。
二つ目の専門性は長期評価手法である。断層別評価と地体構造区別評価とからなる。後者は地震活動の低いヨーロッパなどで用いられる確立した手法である。プレートテクトニクスに基づき、同様な地震がどこでも発生する領域を設定する。地震の繰り返し間隔に比べ観測期間が短い場合には必須の手法となっている。
東京電力は、福島県沖で津波地震が起きない理由の一つとして、有史以来起きたことがないからとした。史料によれば、「有史以来」は過去400年間に過ぎない。単にその間に津波地震が発生しなかったと考えるべきである。
日本海溝沿いではどの地域でも、津波地震の子どもと言える低周波地震が起こっている。しかし権威ある専門家は、福島県沖の津波地震は「積極的」根拠が無いとした。
中央防災会議の千島海溝・日本海溝専門調査会の防災対策では、繰り返し発生した地震のみが対象となった。これは長期評価手法の一方、すなわち断層別評価の対象でしかない。地体構造別評価の対象を全く捨ててしまう暴挙によって大災害となった。
科学をねじまげるためには、まず、権威が必要である。権威によって自分の立場を優勢にする。そして権威でカバーしきれないことを、一方的に事業者に有利になるように運ぶ。専門性のある事項について、一方的な引用、説明などの誤摩化しが加えられる。しかし、専門的事項のため見過ごされ、誤りに基づいて判断が下される。
ここでは上記の専門性について二例を紹介する。
一つ目は津波地震と付加体の関係である。津波地震は最初、付加体と関連づけられた。しかし広帯域地震観測網で最初に捉えられた津波地震は1992年ニカラグア地震で、非付加型海溝(付加体がない、或はあっても小規模である海溝)で発生した。調査団が派遣され、津波地震を評価した委員(海溝分科会)の多数が調査や解析を行っており、非付加型海溝での津波地震発生メカニズムも言及された。分科会で付加体の議論がなかったのは、付加体の有無にかかわらず津波地震が発生するからと思われる。
一方、刑事裁判の一審判決では、権威となる幾つかの論文が示され、「付加体の存在が津波地震の発生様式と関連していると考えられていた」と、一方的な判断を下した。日本海溝の北側には付加体があり、南側には無い。この点に長期評価は「応答を示していない」。津波地震が日本海溝のどこでも起こることに「十分な根拠を示していたとは言い難い」とし、津波の予見性はなかったと結論している。
また関連して谷岡・佐竹論文(科学、1996)は、2002年の長期評価公表直後、東京電力による対策引き延ばしに使われた。権威は土木学会による「原子力発電所における津波評価技術」。これに掲載されている谷岡・佐竹論文によれば、福島県沖で津波地震は発生しないと東京電力は主張した。しかしこれは一方的な説明で、論文ではニカラグア地震の例も引用されている。
二つ目の専門性は長期評価手法である。断層別評価と地体構造区別評価とからなる。後者は地震活動の低いヨーロッパなどで用いられる確立した手法である。プレートテクトニクスに基づき、同様な地震がどこでも発生する領域を設定する。地震の繰り返し間隔に比べ観測期間が短い場合には必須の手法となっている。
東京電力は、福島県沖で津波地震が起きない理由の一つとして、有史以来起きたことがないからとした。史料によれば、「有史以来」は過去400年間に過ぎない。単にその間に津波地震が発生しなかったと考えるべきである。
日本海溝沿いではどの地域でも、津波地震の子どもと言える低周波地震が起こっている。しかし権威ある専門家は、福島県沖の津波地震は「積極的」根拠が無いとした。
中央防災会議の千島海溝・日本海溝専門調査会の防災対策では、繰り返し発生した地震のみが対象となった。これは長期評価手法の一方、すなわち断層別評価の対象でしかない。地体構造別評価の対象を全く捨ててしまう暴挙によって大災害となった。