日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-CG 地球人間圏科学複合領域・一般

[H-CG27] 日本の原子力利用と地球科学:3.11から10年

2021年6月5日(土) 17:15 〜 18:30 Ch.12

コンビーナ:末次 大輔(海洋研究開発機構 海域地震火山部門 火山・地球内部研究センター)、寿楽 浩太(東京電機大学工学部人間科学系列)、金嶋 聰(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、鷺谷 威(名古屋大学減災連携研究センター)

17:15 〜 18:30

[HCG27-P02] モデルと想定外

*橋本 学1 (1.京都大学防災研究所)

キーワード:モデル、想定外、地震科学

東日本大震災発生後,南海トラフ巨大地震はじめ地震防災対策を再検討するいくつかの会議に参加した.そこでは「想定外をなくす」を旗印に,考え得る最大クラスの地震を対象とすることとされ,さまざまなモデルが提案された.さらに,それらのモデルに基づき地震動や津波による被害想定がなされた.結果として,極めて大きな被害の予想が公表され,世間を震撼させたことは記憶に新しいところである.その後も,周辺の専門家やメディアが大きな被害を喧伝しあるいは枕詞に使うことで,数字が一人歩きしている現状に苦々しい思いを持っている方は少なくないだろう.

 ところで,そもそもモデルとは何だろう?地球科学においては,概念的な定性的なモデルから多自由度の精緻な数値モデル,実際の物質を用いたアナログ・モデルなど,多種多様なモデルが使われている.加減計算だけで構成された砂山モデルがべき乗則を創発するように,高度に抽象化されたモデルも現象の本質を見せてくれる.アナログ・モデルは実スケールでは再現できない現象のメカニズムを理解するために,実験室スケールで構成されるものである.これらは,第三者が同じ設定で実行しても同様な結果が得られるので,モデルは現象の理解に極めて有効である.

 一方,モデルは予測能力があり,これに社会は期待する.大気現象のモデルは将来予測に使われ,今日ではその情報は生活の一部となっている.これに続けとばかりに,長期確率予測,地震動予測,津波予測など,地震発生やそれによる災害事象の予測にモデルが使われている.そしてこれらの結果に基づいて防災対策が立案され,原子力発電所や橋梁など重要構造物の耐震基準が決められている.

 しかし,モデルは何らかの仮定を設け,複雑な要素を省くことで成立している.したがって,モデルの適用範囲は自ずと限られるはずであるが,ともすれば無意識のうちにそこから踏み出した議論がなされてはいないだろうか?例えば,地震研究において広く用いられているディスロケーション・モデルも近似解であり,断層近傍では大元の仮定が破綻している.長期確率予測も地震発生の時系列のうち,ある規模以上の地震のみを取り出した点過程として扱われる.また,地震動や津波の予測においては,解析の過程で多くは半無限均質媒質や成層構造などの仮定がなされ,震源断層の形状も極めて単純な矩形が用いられることが多い.現実の断層や構造は極めて複雑であるが,高度な複雑性はモデル化においてそぎ落とされる.そぎ落とされた要素が与える影響の評価はそこにはなく,定量化しづらい不確定性として扱われる.おそらく「想定外」はそこに潜んでいるのだろう.このため,「想定外」をなくすことはできない.

 被害想定の根拠となるモデルの妥当性を,専門的な立場から批判できるのは研究者だけである.苦々しく思うだけでなく,実際に表明してみてはどうだろうか?