15:45 〜 16:00
[HDS08-09] 「現代」の地震観測による「過去」の揺れの検証と「未来」の地震動の予測:谷根千界隈
キーワード:観測地震学、歴史地震、震度予測
1.はじめに
大地震の発生が,大きな災害に繋がることが懸念されている.特に,首都圏においては,人口や建物の集中度と地域の特性の違いによって,地区ごとに適切な災害対策が必要である.そのため,過去の地震災害の事例から被害を推定したり,地震動のモデル計算による揺れの分布から推定したりしてきた.しかし,被害地震の発生が低頻度であることや,地盤増幅度の地域差が大きいことなどにより,災害予測の不確実性が顕在化している.そこで,我々は,「現代」の地震観測を通して「過去」の揺れを検証および定量化し,そこから得た知見を「未来」の首都直下地震の地震像の解明や地震動の予測に繋げていきたいと考えている(石瀬・他,2020).
昨年度は,北総地域(成田市・佐倉市・印西市・我孫子市周辺)を対象にした史料調査とこれに基づく臨時地震観測を実施し,現代の地震観測で得られた当該地域における揺れの地域性が1855年安政江戸地震の「過去」の揺れの地域性と矛盾しないことを報告した(石瀬・他,2021).本発表では,現在進めている谷根千界隈での観測研究を紹介するとともに,今後の展望を述べたい.
2.「過去」の揺れ
本研究においても,「過去」の揺れとして1855年安政江戸地震に注目する.
1855年安政江戸地震は,江戸市中に甚大な被害をもたらしたM7級の地震である.その被害の様子を記した史料の解釈から震度分布の推定が行われ(佐山,1973;宇佐美,1995;中村・松浦,2011),これに基づく震源像の検討が行われているが未だ明らかではない.
本研究では,江戸市中の詳細な震度分布図だけでなく広域での震度分布図も報告している宇佐美(1995)に注目し,①宇佐美(1995)のデータ(史料,被害地点,推定震度)のアーカイブ化を進めている(中村・他,2019).その一方で,②宇佐美(1995)で用いられた史料の見直しを行うとともに,③安政江戸地震当時にも存在した寺院を対象に史料調査を行い,震源像を推定するためのデータの充実化を進めている.
いずれも進行中の内容であるが,現時点で得られた内容を以下に示す:①アーカイブ化:寺社のデータのアーカイブ化が完了し,震度分布と地形図などの地震動に影響を与える要素との関連性が同じ地図上で直接的に比較できるようになった.その結果,不忍池周辺と上野台地の北部の谷中天王寺付近での震度が相対的に大きく,上野台地の寛永寺周辺の震度が相対的に小さい傾向が見られた.②史料の見直し:寛永寺内の諸堂や子院などいくつかの地点に変更が必要なことが明らかになっている.これらは全て現存している建造物で,宇佐美(1995)では現在の位置が被害地点として与えられている.しかし,これらは地震当時には別の場所にあったことがわかっている.③史料調査:ほとんどの寺院の史料が焼失・紛失してしまっていた.しかし,谷中天王寺に新たな日記史料が存在することが明らかになった.天王寺の被害は,既存の史料にも被害が記されている.しかし,本新出史料により,山内における諸堂や建造物の詳細な被害が明らかになった.
3.「現代」の地震観測
我々は,現代の地震観測で得られる知見を史料の分析結果と結びつけ,歴史地震の震度を検証および定量化したいと考えている.
先述のように,本観測は安政江戸地震の揺れの検証を目的のひとつとしている.したがって,観測点は同地震の被害史料の分析から被害場所が特定できた地点とその近隣地点である.これまでに回収した一部のデータのみを用いた暫定的な結果となるが,観測点ごとの卓越周波数や振幅の大小の違いが確認できた.全データの回収を待って,データ地震規模や震源位置と観測点の立地との関連性を明らかにし,史料の記述との検証を行う計画である.
そこで,2020年9月より,根津神社,天王寺,寛永寺,不忍池とその周辺地域へと観測点を徐々に追加していき,2020年12月上旬に観測点数は19点となった. 2021年2月現在も観測は継続中であり,観測の終了は来月末を予定している.
4.「未来」の地震動予測
本研究の地震学的な目標は,上述の「現在」「過去」の地震および地震動に関する知見を活用して未来の地震(首都直下地震など)の地震動予測を行うことである.この目標については,池浦・加藤(2010)による相対増幅率の方法を震度に拡張することで,基準点に対する各観測点での相対震度を推定し,従来の微地形区分を用いた地盤増幅率よりも現実的な震度予測につなげることを計画している.そのために不可欠なのが,観測網の充実化である.今後,過去の地震の被害と関係した観測地点を増やす一方で,都内にはMeSO-net(首都圏地震観測網)やSUPREME(東京ガス)などの地震計が密に配備されているため,これらも活用した稠密な観測計画を検討している.さらに,本研究活動を通して築がれた地域との繋がりを通し,史料の重要性や有用性の周知や地域の防災力の向上などに資する活動を継続的に行っていきたいと考えている.
5.おわりに
上で述べた取り組みは,地震が起こる前の備え的なものである.一方で,地震が発生した後に,その地域のどこがどの程度の揺れになったのかをいち早く知ることも大事である.すべての地点が倒壊して避難を余儀なくされる,というわけではなく,地盤や建物の違いによって,退避すべき地点は異なるはずである.そこに留まることができれば,避難所での新たな課題に直面することなく,そのまま生活することができるため,総合的な被害の軽減につながると考えられる.あらかじめ地震計を設置することで,地域ごとの揺れの違いを知ることができ,専門家による現地調査を待たずに,生活再建に取り掛かることが可能になる.この検討のため,我われは,本研究とは異なる観測システムを用いたパイロット観測を実施している.こちらについては改めて報告の機会を設けたい.
大地震の発生が,大きな災害に繋がることが懸念されている.特に,首都圏においては,人口や建物の集中度と地域の特性の違いによって,地区ごとに適切な災害対策が必要である.そのため,過去の地震災害の事例から被害を推定したり,地震動のモデル計算による揺れの分布から推定したりしてきた.しかし,被害地震の発生が低頻度であることや,地盤増幅度の地域差が大きいことなどにより,災害予測の不確実性が顕在化している.そこで,我々は,「現代」の地震観測を通して「過去」の揺れを検証および定量化し,そこから得た知見を「未来」の首都直下地震の地震像の解明や地震動の予測に繋げていきたいと考えている(石瀬・他,2020).
昨年度は,北総地域(成田市・佐倉市・印西市・我孫子市周辺)を対象にした史料調査とこれに基づく臨時地震観測を実施し,現代の地震観測で得られた当該地域における揺れの地域性が1855年安政江戸地震の「過去」の揺れの地域性と矛盾しないことを報告した(石瀬・他,2021).本発表では,現在進めている谷根千界隈での観測研究を紹介するとともに,今後の展望を述べたい.
2.「過去」の揺れ
本研究においても,「過去」の揺れとして1855年安政江戸地震に注目する.
1855年安政江戸地震は,江戸市中に甚大な被害をもたらしたM7級の地震である.その被害の様子を記した史料の解釈から震度分布の推定が行われ(佐山,1973;宇佐美,1995;中村・松浦,2011),これに基づく震源像の検討が行われているが未だ明らかではない.
本研究では,江戸市中の詳細な震度分布図だけでなく広域での震度分布図も報告している宇佐美(1995)に注目し,①宇佐美(1995)のデータ(史料,被害地点,推定震度)のアーカイブ化を進めている(中村・他,2019).その一方で,②宇佐美(1995)で用いられた史料の見直しを行うとともに,③安政江戸地震当時にも存在した寺院を対象に史料調査を行い,震源像を推定するためのデータの充実化を進めている.
いずれも進行中の内容であるが,現時点で得られた内容を以下に示す:①アーカイブ化:寺社のデータのアーカイブ化が完了し,震度分布と地形図などの地震動に影響を与える要素との関連性が同じ地図上で直接的に比較できるようになった.その結果,不忍池周辺と上野台地の北部の谷中天王寺付近での震度が相対的に大きく,上野台地の寛永寺周辺の震度が相対的に小さい傾向が見られた.②史料の見直し:寛永寺内の諸堂や子院などいくつかの地点に変更が必要なことが明らかになっている.これらは全て現存している建造物で,宇佐美(1995)では現在の位置が被害地点として与えられている.しかし,これらは地震当時には別の場所にあったことがわかっている.③史料調査:ほとんどの寺院の史料が焼失・紛失してしまっていた.しかし,谷中天王寺に新たな日記史料が存在することが明らかになった.天王寺の被害は,既存の史料にも被害が記されている.しかし,本新出史料により,山内における諸堂や建造物の詳細な被害が明らかになった.
3.「現代」の地震観測
我々は,現代の地震観測で得られる知見を史料の分析結果と結びつけ,歴史地震の震度を検証および定量化したいと考えている.
先述のように,本観測は安政江戸地震の揺れの検証を目的のひとつとしている.したがって,観測点は同地震の被害史料の分析から被害場所が特定できた地点とその近隣地点である.これまでに回収した一部のデータのみを用いた暫定的な結果となるが,観測点ごとの卓越周波数や振幅の大小の違いが確認できた.全データの回収を待って,データ地震規模や震源位置と観測点の立地との関連性を明らかにし,史料の記述との検証を行う計画である.
そこで,2020年9月より,根津神社,天王寺,寛永寺,不忍池とその周辺地域へと観測点を徐々に追加していき,2020年12月上旬に観測点数は19点となった. 2021年2月現在も観測は継続中であり,観測の終了は来月末を予定している.
4.「未来」の地震動予測
本研究の地震学的な目標は,上述の「現在」「過去」の地震および地震動に関する知見を活用して未来の地震(首都直下地震など)の地震動予測を行うことである.この目標については,池浦・加藤(2010)による相対増幅率の方法を震度に拡張することで,基準点に対する各観測点での相対震度を推定し,従来の微地形区分を用いた地盤増幅率よりも現実的な震度予測につなげることを計画している.そのために不可欠なのが,観測網の充実化である.今後,過去の地震の被害と関係した観測地点を増やす一方で,都内にはMeSO-net(首都圏地震観測網)やSUPREME(東京ガス)などの地震計が密に配備されているため,これらも活用した稠密な観測計画を検討している.さらに,本研究活動を通して築がれた地域との繋がりを通し,史料の重要性や有用性の周知や地域の防災力の向上などに資する活動を継続的に行っていきたいと考えている.
5.おわりに
上で述べた取り組みは,地震が起こる前の備え的なものである.一方で,地震が発生した後に,その地域のどこがどの程度の揺れになったのかをいち早く知ることも大事である.すべての地点が倒壊して避難を余儀なくされる,というわけではなく,地盤や建物の違いによって,退避すべき地点は異なるはずである.そこに留まることができれば,避難所での新たな課題に直面することなく,そのまま生活することができるため,総合的な被害の軽減につながると考えられる.あらかじめ地震計を設置することで,地域ごとの揺れの違いを知ることができ,専門家による現地調査を待たずに,生活再建に取り掛かることが可能になる.この検討のため,我われは,本研究とは異なる観測システムを用いたパイロット観測を実施している.こちらについては改めて報告の機会を設けたい.