日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS08] 人間環境と災害リスク

2021年6月6日(日) 17:15 〜 18:30 Ch.09

コンビーナ:青木 賢人(金沢大学地域創造学類)、佐藤 浩(日本大学文理学部)

17:15 〜 18:30

[HDS08-P05] 宿泊施設による被災者支援の可能性-事前避難および発災時の受け入れについて-

鈴木 優香1、*青木 賢人2 (1.金沢大学地域創造学類(学)、2.金沢大学地域創造学類)

キーワード:宿泊施設、避難者、予防的避難、避難所、ソーシャルビジネス

【研究背景】
 自然災害が多発する日本が観光立国を指向するためには,土地勘のない観光客が被災することを念頭に置いた防災計画が不可欠となる.しかし,地方自治体が作成する地域防災計画は主として当該自治体の住民を対象としており,観光客や観光関連事業者への対応が具体的に記されていないことが多い.
 本研究では,金沢市を対象として観光客に対する防災対策の現状を明らかにし,宿泊施設による大規模災害発生時の被災者支援の可能性を検討することを目的として,金沢市役所危機管理課への聞き取り調査,および金沢市に立地するホテル(24施設)へのアンケート調査,聞き取り調査を実施した.
 金沢市は国内主要観光地の一つで大型宿泊施設が集中する都市であることに加え,地震発生確率が高いとされている森本・富樫断層帯が街の中心部に存在するとともに,計画規模の出水でも中心街の広い範囲が冠水する想定となっていることから,本研究の対象地域として選定した.

【発災時の避難場所として】
 金沢市の地域防災計画において,災害発生時の観光客や帰宅困難者への対応は明記されていない.一方,観光客や帰宅困難者の一時避難場所として宿泊施設を活用する目的で,金沢市旅館ホテル協同組合と協定を締結している.ただし,市役所危機管理課へのリアリングでは,協定締結後に定期的な会合等は開催しておらず,各宿泊施設の実行計画なども把握していないとのことであった.現状では実効性のある協定となっているとはいいがたい.
 一方で,観光客等を受け入れる宿泊施設側にも課題があることが確認された.各宿泊施設は森本・富樫断層帯を震源とする地震をよく理解していると回答した施設はなく,被災想定の認知度が低いことが明らかになった.そしてこれを反映し,42%(10/24施設)が防災マニュアルを策定しておらず,地震・水害の双方のマニュアルを策定しているのは13%(3/24施設)のみである.33%(8/24施設)は災害発生時に避難所として施設を開放することを想定しておらず,受け入れを想定している施設でも,自施設の宿泊客以外の観光客の受け入れを想定しているのは25%(6/24施設)にとどまっている.協定は締結されているものの,現状で大規模災害が発生すると,宿泊施設による観光客の一時受け入れには大きな混乱が生じることが予想される.
 加えて,避難者の受け入れ可能な期間としては3日程度が42%(10/24施設),1週間以上の受け入れを可能としている施設は21%(5/24施設)のみであり,行政としてはかなり短期間で観光客を域外へ避難させることが必要となる.

【予防的避難の避難場所として】
 水害への対応として予防的避難が重要となる.54%(13/24施設)がなんらかの形で予防的避難の避難者を受け入れることができると回答した.ヒアリングでは「行政の要請があれば一般市民の受け入れも考慮」するホテルがある一方,「災害発生前の避難者の受け入れは一般客と区別が難しく,宿泊者の予約に基づく有償提供となる」とするホテルもあり,宿泊施設による予防的避難の受け入れに一定の難しさがあることが示された.
 予防的避難者の受け入れを検討しているホテルの中には,「有償であっても積極的に避難所を提供することはホテルのブランド力向上につながり,防災を本業のマネタイズにできる」ととらえている施設もあった.従来,宿泊施設の避難所提供は,行政の依頼に対応したCSR(Corporate Social Responsibility)としての災害対応であった.これを,ソーシャルビジネスとして災害対応し,そこから本来のビジネスにつなげるというモデルに展開させ得る可能性が示された.

【まとめ】
 金沢市と宿泊施設との防災協定は,現状では実効性に疑問があることが確認された.より実効性あるものとするために,行政からの各種支援(防災マニュアル策定支援,ホテル関係者の防災士取得支援など)が必要となろう.
 宿泊施設側も積極的に自施設および周辺地域の災害リスクを理解するとともに,災害対応準備を進めることが求められる.今後より重要視される予防的避難においては,防災対応をソーシャルビジネスの機会ととらえ積極的に対応することも可能となる.BCP(Business Continuous Plan)の中にこうした視点を導入することは,企業,行政,市民のそれぞれにとってプラスになりうることを指摘したい.