日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS10] 湿潤変動帯の地質災害とその前兆

2021年6月5日(土) 17:15 〜 18:30 Ch.10

コンビーナ:小嶋 智(岐阜大学工学部社会基盤工学科)、内田 太郎(筑波大学)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)

17:15 〜 18:30

[HDS10-P06] 八ヶ岳火山東面の大月川・湯川上流部における大月川岩屑なだれ堆積物の層序と年代の再検討

*栗本 享宥1、苅谷 愛彦2 (1.専修大学大学院、2.専修大学)

キーワード:八ヶ岳火山、大月川岩屑なだれ、887年仁和地震、古地震

八ヶ岳火山・天狗岳の東麓には,明瞭な滑落崖を有する大規模崩壊地形が存在する.そこを発生源とした岩屑なだれは「大月川岩屑なだれ(ODA)」と,その堆積物は「大月川岩屑なだれ堆積物(ODAD)」とそれぞれ呼ばれる(河内,1983).ODADは発生源から大月川に沿って約10 km移動し,松原湖一帯に流れ山群を残しながら千曲川との合流点まで達して天然ダム湖を生じたとされる.しかしODADの層相や年代試料の産出層位は詳細に記載されておらず,ODAの誘因を巡っても再考が必要な状況にある.従来,歴史資料とODADの年代資料からAD887仁和五畿七道地震(推定M8.0 ~8.5:宇佐美ほか, 2013)が有力視されてきた(石橋,1999;井上ら,2010など)が,既存研究で松原湖付近のODADから得られた材化石の年代はBC350~AD1460に分散するとの指摘が最近なされたためである(山田ほか,2021).また河内(1983)は大月川の南を流れる湯川沿岸にODADが分布するとしたが,森ら(2011)はこれを否定している.演者らは,従来十分な検討がなされなかった大月川と湯川の上流部を中心に地質調査を行い,ODADの分布,層序および堆積年代を再検討した.
ODADは天狗岳直下のみどり池から千曲川合流点まで大月川とその支流に沿って分布し,町田・田村(2010)の図示範囲と概ね一致することを演者らも確認した.ODADは角閃石安山岩を主とする大小の角礫と,硫化水素臭を伴う黄白色~暗褐色の細粒基質からなる.ODADは材化石を多産し,稲子湯近辺(Locs.2~4)で新たに採取した3点の材化石はAD772~976(OxCalとIntCal20で較正;以下同様)を示した.
稲子湯東方では未報告の泥流堆積物が発見された(Loc.5).本層を「稲子湯泥流堆積物(IMD)」と命名する.IMD中の2点の材化石は42~48 14C kaを示す.IMDは天狗岳の火山活動期(42~66 ka;大石, 2010)や最終氷期と重なることから融雪型または融氷型泥流に由来する可能性がある.
本沢温泉付近の湯川渓岸では,輝石安山岩を主とする大小の角礫と,硫化水素臭を伴う暗褐色~暗灰色の細粒基質からなる礫層を発見した(Loc.1).本層中の材化石は3453~2804 cal BPを示す.本層を「本沢岩屑なだれ堆積物(HDAD)」と命名する.分布や年代を考慮すると,HDADはODADとは別のイベントに起因する可能性がある.
以上の諸事実から,大月川や湯川では地質時代~歴史時代(48~1 ka)に,斜面崩壊が反復発生してきたと考えられる.個々のイベントの正確な編年や量的規模の推算は今後も検討を要するが,従来ODADと一括されてきた角礫主体の岩屑は1回の大規模イベントで生じたわけではなく,その年代もAD887と断定できる段階にはないと結論できる.ただし,稲子湯周辺でODADとされてきた岩屑は単一の堆積ユニットを示し,複数の材化石がAD772~976の範囲に収束する.少なくとも大月川上流では,この時代に岩屑なだれが発生したことは確実とみられる.その誘因がAD887仁和地震である可能性は否定できないが,AD762美濃・飛騨・信濃地震のほか,AD841信濃地震や,それとほぼ同時期に発生したとされる茅野付近の直下型地震なども候補となりうる.八ヶ岳東面における大規模斜面崩壊の年代や誘因について,さらなる資料の蓄積が必要である.