日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG01] 自然資源・環境の利用と管理:地球科学と社会科学の対話

2021年6月4日(金) 15:30 〜 17:00 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、古市 剛久(森林総合研究所)、佐々木 達(宮城教育大学)、座長:上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、佐々木 達(宮城教育大学)

16:15 〜 16:30

[HGG01-04] 地理学における人文・自然現象:資源・環境研究の諸問題

*上田 元1、大月 義徳2、古市 剛久3 (1.一橋大学・大学院社会学研究科、2.東北大学・大学院理学研究科、3.森林総合研究所)

キーワード:人口、環境、スケール、方法論

1980年代から90年代にかけての“ヒマラヤ・ジレンマ”に関する議論では,人口増加等が環境破壊を引き起こすとみる新マルサス的悲観論の妥当性ほかが吟味された(たとえばIves and Messerli 1989)。他方,サブサハラ地域では,人口増加と農業集約化が土壌浸食を食い止め環境保全を実現したという“More People, Less Erosion”仮説が,ケニアの半乾燥地域を事例としてボーズラップ的楽観論の立場から示された(Tiffen et al. 1994)。以降,それが例外的成功であるとの主張や(Boyd and Slaymaker 2000),時空間スケールの問題を含む土壌浸食研究の課題が論じられており(Boardman 2006),近年でも議論が絶えない(たとえばDuriaux‐Chavarría et al. 2020)さらに,半乾燥地域における人間-環境動態が予測不可能・複雑で,単純な悲観論/楽観論の二分法は不適切であるとの科学的理解が深まり,科学知が地元の人々がもつ環境変化についての在来知と共鳴する場合のあることが指摘され(Dahlberg and Blaikie 1999),そうした議論は,住民参加によるコミュニティ基盤の土壌保全論へと学際的に展開し続けている(Peterson et al. 2018,Karaya et al. 2021)。

 科学知が悲観論と楽観論の二分法に基づく場合,議論は住民が「環境破壊的」な在来知をもつとみなしてそれを否定するか,逆に彼らの「環境保全的」な在来知を肯定・美化することになりやすく,そうした議論の方向性が開発・保全政策に影響しうる。本発表では,自然資源・環境の利用と管理をめぐる以上のような二分法的な理解の妥当性について検討するために,人文地理学・社会科学の立場から,自然地理学・地球科学との間で行いうる共同研究の方向性について考える。

 一つの切り口として,時間スケールの問題がある。たとえば,東アフリカの比較的狭い範囲の農村部において,過去にさかのぼって長期にわたり高い時間解像度で人文社会現象をデータ化することは非常に困難であり,したがって,それと斜面プロセスとの関係を分析することには制約がある。だが,土地に刻印された社会経済的プロセスを事後的に再現することが可能な場合もある。Ueda(2011)によれば,タンザニア北東部のメル山地斜面の一地域では,ホームガーデン(屋敷周囲の樹林地と多年生作物用地)の面積率が1962年から1987年にかけて全体として31.2%から51.2%に拡大(季節作物用耕地が縮小)したのち,2008年にかけては27.7%に縮小(季節作物用耕地が拡大)したことが,空中写真・衛星画像の分析によって明らかとなっている。この決して単線的ではない土地利用・被覆変化は,人口増加と土地相続にともなう土地細分化(耕地境界の増加,植被の変化)という一貫した要因や,換金作物の変動する国際市況等と関連していると考えられる。こうした時間スケールでとらえられた社会経済的諸要因と,斜面プロセスとの関連が,一つの検討項目であろう。

References
Boardman, J. 2006. Soil erosion science: Reflections on the limitations of current approaches. Catena, 68(2-3), 73-86.
Boyd, C., and Slaymaker, T. 2000. Re-examining the “more people less erosion” hypothesis: Special case or wider trend. Natural Resource Perspective, 63(November), 1-6.
Dahlberg, A. C., and Blaikie, P. M. 1999. Changes in landscape or in interpretation? Reflections based on the environmental and socio-economic history of a village in NE Botswana. Environment and History, 5(2), 127-174.
Duriaux‐Chavarría, J. Y., Baudron, F., Gergel, S. E., Yang, K. F., Eddy, I. M., and Sunderland, T. 2020. More people, more trees: A reversal of deforestation trends in Southern Ethiopia. Land Degradation and Development, 32: 1440-1451.
Ives, J. D. and Messerli, B. 1989. The Himalayan Dilemma. United Nations University, Routledge.
Karaya, R. N., Onyango, C. A., and Ogendi, G. M. 2021. A community-GIS supported dryland use and cover change assessment: The case of the Njemps flats in Kenya. Cogent Food and Agriculture, 7(1), 1872852.
Peterson, R. B., Kapiyo, R. A., Campbell, E. M., and Nyabua, P. O. 2018. Gully Rehabilitation Trusts: Fighting soil erosion through community participation in western Kenya. Journal of Rural Studies, 58, 67-81.
Tiffen, M., Mortimore, M., & Gichuki, F. 1994. More People, Less Erosion: Environmental Recovery in Kenya. John Wiley & Sons.
Ueda, G. 2011. Land subdivision and land use change in the frontier settlement zone of Mount Meru, Tanzania. African Study Monographs. Supplementary issue, 42, 101-118.