日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG01] 自然資源・環境の利用と管理:地球科学と社会科学の対話

2021年6月4日(金) 15:30 〜 17:00 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、古市 剛久(森林総合研究所)、佐々木 達(宮城教育大学)、座長:上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、佐々木 達(宮城教育大学)

16:30 〜 16:45

[HGG01-05] 地形変化から見た日本の荒廃林地(ハゲ山)及び荒廃景観の意味とその変遷:地理学における対話

*古市 剛久1,2,3、大丸 裕武1、村上 亘1、岡本 隆1、佐々木 達3、上田 元4 (1.森林総合研究所、2.サンシャインコースト大学、3.宮城教育大学、4.一橋大学大学院社会学研究科)

キーワード:荒廃林地(ハゲ山)、荒廃景観、斜面崩壊、経済価値、里山

日本の山地や丘陵地において豪雨が誘因となって発生する斜面崩壊や土石流を調査すると,その豪雨で発生した地形変化だけでなく,過去の地形変化の証拠にも出くわすことがある.過去の地形変化を読み解く鍵は現在の地形プロセスの理解以外にはないが,同時に,過去の地形変化で形成された現在の地形が変化する際は過去の地形変化の影響を受ける.その過去の地形変化の証拠を調べていくと,その山地における過去の土地利用との関係が見え隠れすることにも気付く.地形形成因子のうち文明成立以降とそれ以前とで最も違うのは,気候条件を除けば,「人間の関与」であり,従って地形変化を読み解く際にも人間の関与を検討していくことになる.

日本で山林が最も荒れていたのは江戸時代の末期から明治時代の中期にかけてであったと言われ,明治末期から戦後にかけても荒廃した林地(ハゲ山)がいたるところにあり,洪水や土砂災害が頻発した(太田 2004,塚本 2012).東海地方や西日本の花崗岩山地では近世期(17世紀以降)にも新田開発によって人口が増大し,この時代に山林からの過度な資源収奪によって著しい荒廃が進行した(千葉 1956;大丸ほか 2011).千葉(1956)が定義した「荒廃林地(ハゲ山)」とは,「正常な林地としての機能を失ったもの」である.東北地方でも近世期に花崗岩山地で荒廃林地が存在したことを示唆するデータが報告されている(千葉 1956;田村 1991).これら花崗岩山地で現代に発生した斜面崩壊や土石流を見ると,かつて山林が過度に資源収奪され荒廃した時代に動いた斜面表層物質が重要な役割を果たしていることが分かってくる(大丸 2018;古市ほか 未公表資料).

一方,現代の日本の山林は,戦後の造林拡大期を経て安価な外材の流入,国産材の価格低下,後継者不足(民有林管理主体の消滅)によって管理放棄されるような状態にあり伐採が行われないため,日本の国土がこれほどの面積(量)の森林に覆われていた時代はかつてなかったと言われている(太田 2004,中村 2012).かつてないほどの面積に成立する現在(2017年)の日本の森林は,その45%を人工林が占めているが,その人工林では木の生長と共に行われるはずの除伐,間伐,枝打ち等が遅れて林分密度が増加し,そのことが木材の経済価値を低下させ,また,コナラ, クヌギ,アカマツなどの二次林で構成されたかつての里山の明るい(美しい)景観を密林の(醜い)景観に変化されるなど,山林の「荒廃」として捉えられている(太田 2008).その一方,林分密度の増加が斜面崩壊を増加させるとする見方は未だその根拠が明示されておらず,むしろ間伐作業は作業道の敷設も伴い土層攪乱を引き起こすため斜面を不安定化させるのではないかという指摘がある.つまり,山地の侵食を防止する治山の観点からすると林分密度の増加は必ずしも避けるべき状態ではなく,林分密度の増加もって「山林の荒廃」と認識する際にはこの点にも留意が必要だろう.門村(1991)は日本の気候環境では国土の大部分の極相は森林であるため,人為など何らかの原因で森林に容易に回復しない景観を「荒廃景観」と呼んだ.この見方では,人工林はその質によらず,荒廃景観には含まれない.また,「荒廃」と山地侵食の発生との関係においても,基本的に相関がよいと考えられる.

山林とは,本来的に,森が成立する土地(土層),さらにはその土地の地表環境全体までも含まれるのではないだろうか.林分の質の変化をもって「荒廃」とする狭義の解釈には経済的,文化的(審美的)な文脈と価値判断がある.その一方,千葉や門村が定義したように山林の資源・環境をより広くその土地の潜在的生産力(広義の山林)の状況に基づいて景観として理解して「荒廃」を捉えることも可能である.「人間の関与」を重要な地形形成因子として捉えてその特徴や構造を検討した上で,人間活動と地形変化とが重層的かつ時空間的に関与する「景観荒廃」(の一系統)を捉える試みは,地理学にこそ可能性があるテーマの一つではないだろうか.

<文献>
太田猛彦 2004. 地学雑誌 113(2), 203-211.
太田猛彦 2008. 水利科学 304, 3-26.
門村浩 1991.「荒廃景観の比較研究」報告書.5-32.
大丸裕武 2018. 水利科学 363, 70-83.
大丸裕武ほか 2011. 砂防学会誌 64(4), 52-55.
田村俊和 1991. 「荒廃景観の比較研究」報告書, 129-132.
千葉徳爾 1956. 農林協会,237pp.
塚本良則 2012. 水利科学 323, 11-19.
中村太士 2012.水利科学 322, 68-81.