17:15 〜 18:30
[HGG01-P01] 山菜採取者の階層構造と採取行動の地域性について~石川県小松市那谷町周辺の事例~
キーワード:山菜、採取行動、地域資源
【はじめに】
山菜は古くから採取されてきた林産物であり,堅果類や根茎類の多くが栽培作物に代替された中にあっても採取され続けている.それは山菜の持つ独特な風味や食感が他の食材には替えがたい価値として認識されたからである.山菜採取についての研究は,主に林学・文化人類学・民俗学の分野で行われてきた.その研究の多くは,東北地方日本海側の山沿い地域の,山菜採取が集落の産業として一定の経済的価値を持っている地域が主な対象となってきた.その一方で,全国で広く行われている「産業未満」レベルの山菜採取に焦点を当てた研究は少ない.
そこで本研究では,山菜採取の慣習が残る石川県小松市の那谷町・滝ヶ原町・菩提町を調査対象地域として,山菜採取者および採取範囲の実態について調査を行った.この地域においては,山菜採取が産業として発展してきた過去はない.そのため,地域住民の間で自然環境に関する知識の蓄積量や,山菜採取の熟練度にばらつきがあり,個々人の採取行動にも多様性が認められる.本調査ではこうした点を踏まえ,山菜採取行動の内容による採取者の類型化や,山菜採取行動が行われる地域性の規定因に関して,アンケート調査と聞き取り調査によって分析した.
【山菜採取者の階層構造】
調査対象地域では,現在でも一定数の住民が山菜採取を行っていることがアンケート調査から確認された.採取者の多くは山沿いの平地や山麓部で採取活動を行っており,住宅街や山頂付近での採取はごく少数に限られることがわかった.また,本地域における山菜採取の動機が,主に「おすそわけ」を通した住民間のコミュニケーションツールとしての意味や採取者自身の楽しみであった.これは,この地域の住民にとって,山菜採取は大きな経済的価値を生み出すものではなく,あくまで情緒的価値によって動機づけされたものであり,山菜と山菜採取行動に対する熱意によって継承・維持されてきた背景をもつと考えられる.
このことを踏まえ,本稿では山菜採取者各人の採取熟練度の段階と採取行動の内容を軸に山菜採取行動を計量化し,採取者を体系的にグループ化することを試みた.計量化の際に指標としたものは「山菜採取回数」「一回当たりの採取量」「採取種類による難易度」であり,これらの積を「山菜採取に対する熱量」と位置付けた.その結果,本地域の採取者は比較的明瞭に3つのグループに分類することができた.熱量が低位なグループ(L層)は,集落の近傍で少量の山菜を採取しており,主に自家消費を目的としていた.熱量が高位のグループ(H層)は,採取範囲が広範で,採取量の総量が多いことに加え,採取に知識と技術が必要で難易度が高いゼンマイを多く採取していた.採取行動そのものに楽しみを見出している採取者が多く,おすそわけも積極的に行われていた.また,熱量が中位のグループ(M層)は,採取範囲や採取量が多様で,統一的な特徴は見いだせなかった.
H層に属する採取者には,自生場所の知識の他に山菜採りが盛んな「採集集落」の採取者に見られるフォークノレッジやメンタルマップ(池谷 2003)と似た環境認知の思考が見られた.採取者がL・M層からH層へクラスチェンジするためには,より多くの山菜と自然環境に関する知識が必要となり,その知識獲得は山菜採りに対する熱量に裏打ちされたものであると理解することができた.加えて,L・M層の採取者がH層の採取者と同行して採取行動を行うことで,採取に対するフォークノレッジやメンタルマップが伝達されている事例が観察され,地域内での山菜採取文化の継承に山菜採取者の階層構造が寄与していることが示唆された.
【山菜採取行動の地域性】
採取者の主な採取場所は居住区内であるが,那谷町住民はその他に居住区外の町で採取する場合も少なくないことが確認された.また,山菜採取に際して住民が各町間を移動する際に,地域社会や地理条件に起因した物理的・心理的ハードルがあることが明らかになった.那谷町住民は主に菩提町への移動が多く,その要因として,歴史的経緯から那谷町住民が菩提町内に土地を所有している場合が多く,山菜を採ることに対して遠慮がないためと考えられた.また,那谷町住民が滝ヶ原町へ移動するケースは少なく,理由として那谷町住民が滝ヶ原町内に土地をほとんど所有していないことに加え,滝ヶ原町の急峻な地形に起因する採取の際の危険性や土地勘のなさが挙げられた.
採取者の空間利用の規定因として地理的・社会的条件が作用しており,またその結果として採取者が集中しやすい菩提町では資源枯渇が危惧されるなど,地域資源と住民の関係のあり方に課題がみられた.
山菜は古くから採取されてきた林産物であり,堅果類や根茎類の多くが栽培作物に代替された中にあっても採取され続けている.それは山菜の持つ独特な風味や食感が他の食材には替えがたい価値として認識されたからである.山菜採取についての研究は,主に林学・文化人類学・民俗学の分野で行われてきた.その研究の多くは,東北地方日本海側の山沿い地域の,山菜採取が集落の産業として一定の経済的価値を持っている地域が主な対象となってきた.その一方で,全国で広く行われている「産業未満」レベルの山菜採取に焦点を当てた研究は少ない.
そこで本研究では,山菜採取の慣習が残る石川県小松市の那谷町・滝ヶ原町・菩提町を調査対象地域として,山菜採取者および採取範囲の実態について調査を行った.この地域においては,山菜採取が産業として発展してきた過去はない.そのため,地域住民の間で自然環境に関する知識の蓄積量や,山菜採取の熟練度にばらつきがあり,個々人の採取行動にも多様性が認められる.本調査ではこうした点を踏まえ,山菜採取行動の内容による採取者の類型化や,山菜採取行動が行われる地域性の規定因に関して,アンケート調査と聞き取り調査によって分析した.
【山菜採取者の階層構造】
調査対象地域では,現在でも一定数の住民が山菜採取を行っていることがアンケート調査から確認された.採取者の多くは山沿いの平地や山麓部で採取活動を行っており,住宅街や山頂付近での採取はごく少数に限られることがわかった.また,本地域における山菜採取の動機が,主に「おすそわけ」を通した住民間のコミュニケーションツールとしての意味や採取者自身の楽しみであった.これは,この地域の住民にとって,山菜採取は大きな経済的価値を生み出すものではなく,あくまで情緒的価値によって動機づけされたものであり,山菜と山菜採取行動に対する熱意によって継承・維持されてきた背景をもつと考えられる.
このことを踏まえ,本稿では山菜採取者各人の採取熟練度の段階と採取行動の内容を軸に山菜採取行動を計量化し,採取者を体系的にグループ化することを試みた.計量化の際に指標としたものは「山菜採取回数」「一回当たりの採取量」「採取種類による難易度」であり,これらの積を「山菜採取に対する熱量」と位置付けた.その結果,本地域の採取者は比較的明瞭に3つのグループに分類することができた.熱量が低位なグループ(L層)は,集落の近傍で少量の山菜を採取しており,主に自家消費を目的としていた.熱量が高位のグループ(H層)は,採取範囲が広範で,採取量の総量が多いことに加え,採取に知識と技術が必要で難易度が高いゼンマイを多く採取していた.採取行動そのものに楽しみを見出している採取者が多く,おすそわけも積極的に行われていた.また,熱量が中位のグループ(M層)は,採取範囲や採取量が多様で,統一的な特徴は見いだせなかった.
H層に属する採取者には,自生場所の知識の他に山菜採りが盛んな「採集集落」の採取者に見られるフォークノレッジやメンタルマップ(池谷 2003)と似た環境認知の思考が見られた.採取者がL・M層からH層へクラスチェンジするためには,より多くの山菜と自然環境に関する知識が必要となり,その知識獲得は山菜採りに対する熱量に裏打ちされたものであると理解することができた.加えて,L・M層の採取者がH層の採取者と同行して採取行動を行うことで,採取に対するフォークノレッジやメンタルマップが伝達されている事例が観察され,地域内での山菜採取文化の継承に山菜採取者の階層構造が寄与していることが示唆された.
【山菜採取行動の地域性】
採取者の主な採取場所は居住区内であるが,那谷町住民はその他に居住区外の町で採取する場合も少なくないことが確認された.また,山菜採取に際して住民が各町間を移動する際に,地域社会や地理条件に起因した物理的・心理的ハードルがあることが明らかになった.那谷町住民は主に菩提町への移動が多く,その要因として,歴史的経緯から那谷町住民が菩提町内に土地を所有している場合が多く,山菜を採ることに対して遠慮がないためと考えられた.また,那谷町住民が滝ヶ原町へ移動するケースは少なく,理由として那谷町住民が滝ヶ原町内に土地をほとんど所有していないことに加え,滝ヶ原町の急峻な地形に起因する採取の際の危険性や土地勘のなさが挙げられた.
採取者の空間利用の規定因として地理的・社会的条件が作用しており,またその結果として採取者が集中しやすい菩提町では資源枯渇が危惧されるなど,地域資源と住民の関係のあり方に課題がみられた.