日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-QR 第四紀学

[H-QR04] 第四紀:ヒトと環境系の時系列ダイナミクス

2021年6月5日(土) 09:00 〜 10:30 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター)、奥村 晃史(広島大学大学院文学研究科)、里口 保文(滋賀県立琵琶湖博物館)、座長:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、中澤 努(産業技術総合研究所地質調査総合センター)

10:15 〜 10:30

[HQR04-06] 下総層群木下層(MIS 5e)の貝形虫化石群集から推定される古東京湾の古環境変遷

*原島 舞1、中澤 努2、小沢 広和3、金子 稔、石川 博行、野村 正弘4、上松 佐知子1 (1.筑波大学、2.産業技術総合研究所地質調査総合センター、3.日本大学、4.駿河台大学)

キーワード:貝形虫、木下層、MIS 5e、古東京湾

更新統下総層群木下層は,MIS 5eの主に古東京湾の浅海成堆積物からなる.木下層の下部は開析谷埋積システム,上部はバリアー島システムで堆積したことが明らかにされている.木下層から産出する貝形虫化石群集は,Yajima (1978, 1982)が千葉県木更津市や成田市の露頭から,岡崎ほか(2018)が千葉県柏市で発見された鯨化石のクリーニング残渣から報告をしているが,下部の開析谷システムから上部のバリアー島システムに至る一連の貝形虫化石群集の変遷は未だ検討されていない.そこで本講演では,千葉県北部の成田GS-NT-1コアおよび流山GS-NY-1コアを使用し,木下層の下部から上部にかけて,産出する貝形虫化石群集の分析および古環境変遷を考察した結果を報告する.これら2つのコアはNakazawa et al. (2017) において一連の開析谷内の堆積物であると報告されており,成田GS-NT-1コアは開析谷の外洋寄りに,流山GS-NY-1コアは開析谷の内陸側に位置している.成田GS-NT-1コアでは34試料から33属81種,流山GS-NY-1コアでは19試料から38属77種が産出した.貝形虫の産出状況から,成田GS-NT-1コアを下位よりNT-I〜IVの4帯,流山GS-NY-1コアを下位よりNY-I〜IVの4帯に区分した.

成田GS-NT-1コアでは,NT-I帯はSpinileberis quadriaculeataBicornucythere bisanensis群集で特徴づけられ,Cytheromorpha acupunctataを伴うことから,閉鎖的内湾の湾央部に近い湾奥部の環境が推定される.NT-II帯は内湾指標種のS. quadriaculeataB. bisanensisC. acupunctataPontocythere miurensis群集で特徴づけられ,NT-I帯と比較してC. acupunctataがすることから,NT-I帯より水深が浅くやや潮通しの良い内湾奥部の環境が示唆される.NT-III帯はNeomonoceratina delicata群集で特徴づけられ,S. quadriaculeataC. acupunctataを伴うことから,暖流が流れ込む湾奥部の環境が推定される.NT-IV帯はAurila属–P. miurensis群集で特徴づけられ,Cythere omotenipponicaを伴うことから,藻場近傍で外洋水の影響を強く受ける湾沿岸の環境となったことが推定できる.したがって,NT-I帯からNT-II帯までは開析谷内に海水が侵入してできた閉鎖的内湾だったが,NT-III帯で湾口が開いて暖流が流れ込むようになり,NT-IV帯で開放的な湾沿岸の環境へと変化したと考えられる.Nakazawa et al. (2017) で報告されている堆積相と比較すると,NT-I帯からNY-II帯は開析谷システムの湾口砂州相,NY-III帯は湾口砂州から湾央相,NY-IV帯は湾央相からバリアー島システムの上げ潮デルタ相に相当する.堆積相境界と貝形虫化石帯境界の一部不一致はあるが,貝形虫化石群集から推定される環境は堆積相と概ね調和的である.堆積相の解釈に基づけば,水深が浅くなるNT-II帯は湾口砂州の発達時期,開析谷内に暖流の流れ込みが示唆されるNT-III帯は,この地域がバリアー島システムへ移行するのに伴い開析谷の湾口が開いた時期,開放的な湾沿岸環境が示唆されるNT-IV帯はバリアー島システムが広く発達した時期に概ね相当する.

流山GS-NY-1コアでは,NY-I帯はS. quadriaculeataC. acupunctata群集で特徴づけられ,B. bisanensisを伴うことから,閉鎖的内湾のやや湾央部に近い湾奥部の環境が推定される.NY-II帯はC. acupunctata群集で特徴づけられ,N. delicataおよびS. quadriaculeataを伴うことから,暖流影響下の内湾奥部の環境が示唆される.NY-III帯はLoxoconcha uranouchiensis群集で特徴づけられ,S. quadriaculeataおよびC. acupunctataを伴うことから,藻場が発達する内湾奥部の環境が推定される.NY-IV帯はAurila属–Loxoconcha optima群集で特徴づけられ,C. acupunctataXestoleberis hanaiiを伴うことから,藻場近傍で外洋水の影響を受ける開放的な湾の環境へと変化したことが推定される.NY-I帯からNY-III帯は開析谷システムの湾央相,NY-IV帯はバリアー島システムの上げ潮デルタ相に相当するが,貝形虫化石群集はこれと調和的に閉鎖的内湾から外洋水が流入する開放的な湾の環境へと変化したことを示唆する.

開析谷システムの上部で優占するN. delicataは現在,暖流の影響を強く受ける亜熱帯から熱帯に生息しており,トカラ海峡以北からは発見されていない(Irizuki et al., 2009).MIS 5eのN. delicataの北限は関東周辺と考えられ,その産出の有無は暖流の影響を敏感に反映するといえる.N. delicataの産出に基づけば,開析谷内の外洋寄りに位置する成田GS-NT-1コアではNT-III帯,内陸側の流山GS-NY-1コアではNY II帯の時期に暖流の影響が強くなったことが推定される.また,日本海側の更新世前期から中期の地層で多産するSpnileberis rhomboidalisの産出が少量認められた.この種は主に日本海側で産出が認められ,太平洋側ではほとんど産出の報告がないため,日本海側から太平洋側へ津軽海峡を渡って分布を広げたものと考えられる.


文献

Irizuki, N., Taru, H., Taguchi, K. and Matsushima, Y. (2009) Paleobiogeographical implications of inner bay Ostracoda during the Late Pleistocene Shimosueyoshi transgression, central Japan, with significance of its migration and disappearance in eastern Asia. Palaeogeogr., Palaeoclimatol., Palaeoecol., 271, 316–328.

Nakazawa, T., Sakata, K., Hongo, M. and Nakazato, H. (2017) Transition from incised valley to barrier island systems during MIS 5e in the northern Chiba area, Kanto Plain, central Japan. Quat. Int., 456, 85–101.

岡崎浩子・石井明夫・金子稔・田村亨・群馬県立太田女子高等学校地学部・加藤久佳・伊左治鎭司(2018)更新統下総層群木下層からのヒゲクジラ類化石の発掘調査報告―堆積相・微化石・地中レーダ調査.千葉中央博自然誌研究報告,14(1),19–28.

Yajima (1978) Quaternary Ostracoda from Kisarazu near Tokyo. Trans. Proc. Palaeontol. Soc. Japan, N. S., 112, 371–409.

Yajima (1982) Late Pleistocene Ostracoda from the Boso Peninsula, central Japan. Bull. Univ. Mus., Univ. Tokyo, 20, 141–227.