日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2021年6月3日(木) 09:00 〜 10:30 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、竹内 望(千葉大学)、座長:竹内 望(千葉大学)

09:45 〜 10:00

[HTT16-04] 福島県北部沿岸域から阿武隈高地周辺の地下水,湧水等の微量成分の濃度分布

*藪崎 志穂1 (1.総合地球環境学研究所・福島大学 共生システム理工学類)

キーワード:福島県沿岸域、地下水流動、水質、酸素・水素安定同位体比、微量成分

2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震や津波の影響により,福島県沿岸域の地下水の一部に塩水化や重金属濃度の変化などが生じた。2012年4月から実施している調査により,福島県沿岸域の地下水には複数の地下水流動系があることが明らかとなり,地下水の深度(帯水層)の違いと関連していることを把握した。地下水等の酸素・水素安定同位体比や主要溶存成分濃度などの結果を用いて検討した結果,これらの地下水の涵養域は大きく2つに分けることができ,沿岸域周辺の台地部と,内陸部の阿武隈高地周辺であることが想定された(藪崎,2020)。この結果はCFCs等を用いた滞留時間の推定値とも整合しているが,涵養域の地質の違いにより差異が生じると予想されるトレーサーを利用することで,涵養域についての情報を蓄積することができると期待される。
 微量成分濃度の特徴を把握するため,福島県沿岸域から内陸部を対象として2014年4月~2020年8月に調査・採水を実施した地点(地下水,自噴井,湧水,河川水)について,ICP-MS(Agilent 7500cx)を利用して51元素の測定を実施した。測定試料はろ過を行った後,1%濃度となるように硝酸を添加した。分析の結果,B,Al,Mn,Fe,Zn,Sr,Baについて,一部地点で比較的高濃度含まれていることを把握した。このうち,沿岸域に近い地下水や自噴井で,Mnは500 μg/L以上,Feは10,000 μg/Lを超えるような特に高濃度を示す地点が認められており,これは局所的な地質の影響を受けていると考えられる。一方,Srについては10~900 μg/Lで地点による差が認められ,内陸部よりも南相馬市や新地町の沿岸域に近い地下水や自噴井,湧水で相対的に高い地点が多く,これらの地点の多くは地震に伴う津波の浸水被害を受けた地域に位置している。海水のSr濃度は約7.8 mg/Lで地下水等と比べて高濃度であるため(野崎,1997),上記の地点は海水浸水の影響を受けてSr濃度が高くなっていると考えられる。Sr濃度が高い地点の水質組成はNa-Cl型を示すことも,上記の推定を示唆している。また,その他の地点のSr濃度は概ね50~170 μg/Lの範囲にあり,涵養域の地質の違いや滞留時間などの影響により値が異なっていると予想される。微量元素の分析結果より,福島県沿岸域の地下水や湧水の微量成分濃度は,地質や滞留時間の違いの他に,津波の影響を反映している可能性があることを把握できた。
 今後の予定として,地質の違い(沿岸域付近は主に新第三紀~第四紀の堆積岩,阿武隈高地周辺は中生代の花崗岩や花崗閃緑岩,新生代の玄武岩,古生代の変成岩などが分布する)を反映すると考えられるSr同位体比(87Sr/86Sr)を測定して地下水や湧水の同位体比の特徴を把握し,他の水質や同位体なども含めたMulti-tracerを利用して,地下水の涵養域や地下水流動の把握を行う予定である。



(参考文献)
藪崎志穂(2020):福島県北部沿岸域の地下⽔,湧⽔等の⽔質特性の把握と安定同位体を⽤いた涵養域の推定.地下水学会誌,62(3),449-471.
野崎義行(1997):最新の海水の元素組成表(1996年版)とその解説.日本海水学会誌,51(5),302-308.