日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2021年6月3日(木) 10:45 〜 12:15 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、竹内 望(千葉大学)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

11:00 〜 11:15

[HTT16-08] 炭素窒素安定同位体比から推定するアラスカの氷河表面に堆積する有機物の形成過程

*高橋 翼1、小野 誠仁1、鬼沢 あゆみ2、竹内 望1 (1.国立大学法人 千葉大学、2.国立大学法人 中央大学)

キーワード:炭素窒素安定同位体、雪氷藻類、氷河

氷河の表面に堆積する暗色の不純物は、氷河表面のアルベド(太陽光の反射率)を低下させ、日射の吸収を増やして氷河融解を加速するため、氷河の融解や質量収支の変動の評価に重要である。氷河上の不純物の中でも暗色化に特に強く影響する不純物が、雪氷上で繁殖する光合成微生物由来の有機物である。光合成微生物は、暗紫色の色素を持ち氷河の氷表面で繁殖する2種(Ancylonema nordenskioeldiiMesoteanium berggrenii)と赤色の色素を持ち氷河の積雪表面で繁殖する1属(Sanguina)が北極域の氷河で広く知られている。しかし、これらの有機物の形成、分散、流出過程について、まだ詳しいことはわかっていない。本研究は、氷河表面でこれらの光合成微生物が優占することが明らかになっている米国アラスカ州のグルカナ氷河において、不純物中の有機物の炭素・窒素安定同位体比を分析することにより、氷河上に堆積する有機物の形成過程を明らかにすることを目的とした。

調査は、2019年7月にアラスカ州グルカナ氷河で行った。グルカナ氷河は、アラスカ中部アラスカ山脈の南斜面を流れる、全長約4 kmの小型の山岳氷河である。氷河表面の不純物を含む氷河表面氷を、標高約1400 mから約1700 mにかけて空間的に46地点で採取した。各地点のサンプルを用いて、不純物中の有機物の炭素窒素安定同位体を分析し、さらにクロロフィルa濃度、主要溶存化学成分濃度、細胞体積バイオマスを分析した。

氷河表面有機物の炭素と窒素の安定同位体比は、それぞれ-26.3~-23.9(平均-25.0±0.5)‰、-5.7~-2.9(平均-3.8±0.6)‰の範囲の値をとり、いずれも氷河上流部で高く、下流部で低くなる傾向にあった。場所によって有機物の同位体比が異なることは、これらが単に唯一の供給源に由来するものではなく、各地点の微生物の生産物であることを示唆する。氷河表面のクロロフィルa濃度及び藻類の細胞体積バイオマスから、上流部では藻類量が多くSanguina spp. が優占する一方、中下流部では比較的藻類量が少なくA. nordenskioeldiiが優占することが明らかになった。Sanguina spp. は積雪上で繁殖する種であることから、上流部の氷表面のこの細胞はもともと積雪で繁殖したものが堆積したものであると考えられる.一方、A. nordenskioeldiiは,積雪融解後に氷表面で繁殖したものであると考えられる。標高による窒素同位体の違いは、これらの藻類が利用する無機窒素化合物の供給源の違いを反映していると考えられる.積雪上で繁殖する藻類は現在の大気由来の同位体比が低い無機体窒素を利用するのに対し、氷表面で繁殖する藻類は氷河の氷中に含まれていた同位体比が高い産業革命前の無機体窒素を利用していると考えられる。

本研究から、氷河上の有機物は藻類の生産物であり、藻類は上流部と下流部で異なる起源の栄養塩を利用していることが明らかになった。氷河の標高によって異なる藻類の有機物生成過程は,氷河上の暗色化に影響を与えるかもしれない。