日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-GI 地球科学一般・情報地球科学

[M-GI33] データ駆動地球惑星科学

2021年6月3日(木) 15:30 〜 17:00 Ch.18 (Zoom会場18)

コンビーナ:桑谷 立(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)、長尾 大道(東京大学地震研究所)、上木 賢太(国立研究開発法人海洋研究開発機構)、伊藤 伸一(東京大学)、座長:桑谷 立(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)、上木 賢太(国立研究開発法人海洋研究開発機構)

15:30 〜 16:00

[MGI33-06] 復元の科学としての堆積学

★招待講演

*成瀬 元1、Mitra Rimali1、Cai Zhirong1 (1.京都大学大学院理学研究科)

キーワード:逆解析、タービダイト、津波堆積物

堆積学とは,地形を形成する土砂の堆積・侵食メカニズムを解明し,地層の情報から過去の地球表層の環境を復元する地質学の一分野である.地層とは,かつて地球表層に存在した地形が埋もれて作られる堆積岩の集まりである.地形は造山運動や気候変動による土砂供給量・水流量の変化に反応してその姿を変え,地形変化のようすは地層中に保存される.堆積学とは,地形の変化の結果として生じた地層から,その原因となった環境変動を読み取る逆問題に取り組む学問といえる.

ところが,堆積学分野では,これまでほとんど定量的な逆解析は行われてこなかった.堆積学の伝統的な研究手法は堆積相解析とよばれる.これは,地層中に観察される堆積岩の特徴(堆積相)を,現世の地形から得られる特徴(堆積相モデル)と比較し,最適な堆積相モデルを探索することで過去の地形を復元しようとする手法である.堆積相解析は,現世地形を教師データとする一種の判別分析といえるだろう.しかし,一般に地層の特徴を定量化することは簡単ではなく,現世の地形の特徴を網羅的に収集することも労力の点で限界がある.結果として,堆積相解析は研究者による定性的な解釈の段階にとどまっていた.

この状況は,近年のモーフォダイナミクス(地形動力学)の発展により大きく変化しつつある.モーフォダイナミクスとは,流体力学と土砂輸送モデルを組み合わせ,堆積・侵食による地形発達の動力学を理解する研究分野である.モーフォダイナミクスは河川工学や海岸工学の分野で発達し,主として河川・海岸のマネジメントや防災に応用されてきた.しかし,近年になって,より長期かつ大規模な地形発達現象の理解にも有効な研究手法であることが認められ,堆積学分野でも手法な研究として広く受け入れられるようになった.これにより,地形発達現象はモーフォダイナミクスに基づいたフォワードモデルで表現することができるようになり,さらにはそれらのモデルを利用した逆解析も可能になりつつある.そこで,本発表では,近年の堆積学分野における逆解析研究の動向を示し,その中で講演者の研究グループの取り組みについて紹介する.

堆積学分野で特に逆解析が盛んにおこなわれている研究課題は,(1)河川縦断形からの山地の隆起速度の復元や(2)津波堆積物からの水理条件の推定,などである.これに加えて,講演者の研究グループは(3)タービダイトからの混濁流の水理条件の推定に取り組んでいる.(1)山地隆起速度の逆解析は,広範囲の面的かつ長期間(数十万年以上のスケール)にわたる地殻の隆起速度を復元することができる.これは,従来の段丘や熱年代学的手法は困難であった.(2)津波堆積物の逆解析は過去に襲来した津波の規模を推定することができ,地域の防災リスクを見積もることができるため,堆積学の社会的な応用として重要な研究課題である. (3)タービダイト逆解析は,直接観測することが困難な深海底での堆積作用を推定する試みである.タービダイトを堆積させる混濁流は海底扇状地と呼ばれる巨大な地形を深海底に築いており,その堆積物はしばしば大規模な石油・天然ガス貯留岩となるため,経済的に重要な研究対象となっている.混濁流の水理条件を読み取ることができるようになれば,限られた地質情報から深海の貯留岩の形状・性質を予測することに道が開かれるものと期待される.

これらの研究課題を解決するため,講演者の研究グループはニューラルネットワークを用いた逆解析手法の開発に取り組んでいる.堆積学分野で逆解析を行う際に障害となるのは,フォワードモデルの計算負荷が高いことである.しばしば用いられるマルコフ連鎖モンテカルロ法などの手法ではしばしば数万回程度のフォワードモデルの反復計算が要求されるが,この計算は並列化することができないため,逆解析のために一回の計算に数時間かかるようなフォワードモデルを採用することはできない.そこで,講演者らは,初期条件をランダムに生成して数千回のフォワードモデルの反復計算を行い,結果として得られた堆積物データと初期条件の組み合わせを教師データとしてニューラルネットワークに学習させることで,逆解析モデルの生成を試みた.この際に教師データの生成は完全に並列化することができるため,フォワードモデルの計算負荷があまり問題ではなくなるとことがこの手法の利点である.この手法は特に(2)や(3)の津波や混濁流の逆解析に有用であり,現世の津波の水理条件を再現できることや,水路実験のタービダイトから実験混濁流の水理条件を復元できることが確認されている.今後は,過去の津波堆積物や海底扇状地堆積物の解析が進められることが期待される.