17:15 〜 18:30
[MIS02-P06] 隕石母天体中の水質変成を模擬した熱/ガンマ線による前生物的な糖の生成
キーワード:糖、ホルモース反応
1. 緒言
糖及び糖誘導体(以降、糖類と記述)は自然界のいたるところに存在し, 生物学的プロセスに重要な役割を果たす。RNAの構成要素であるリボースはその最たる例であり, 生命の起源を議論する上で必要不可欠な物質である。様々な糖類が隕石中から多数発見されている[1], [2]ことから, 宇宙空間で生成した糖類が隕石などによって原始地球にもたらされた可能性がある。このような前生物的な糖類の生成反応として, ホルモース反応[1,2]が注目されている。ホルモース反応は塩基触媒を用いてアルデヒドから様々な糖を生成する反応[2]であり, さらに反応が進むことにより隕石中の不溶性有機物(IOM)に似た構造を持つ物質が得られること[3]が知られている。また, 系にアンモニアを加えることによってIOM様物質と共にアミノ酸が形成される[4]。
ホルモース反応が起こった可能性のある場所の一つに隕石母天体が考えられている。これは, 隕石母天体に原料であるホルムアルデヒドが存在する可能性が高く, また, 隕石母天体に含まれていた26Alの放射性崩壊によって生じるγ線による熱が反応を促進した可能性があるからである。
これまでホルモース反応による有機物の形成は, 熱による影響が主に調べられていた。しかし, この熱源は26Alなどの放射性核種であるので, その放射線自体が生体関連物質の生成に影響を与えた可能性もあると考えられる[5]。そこで本研究では, 隕石母天体内部を模擬した系に加熱またはγ線照射を行い, 糖類の生成の検証と, 2つのエネルギー源における結果の比較を行った。
2. 実験方法
本研究では糖類の分析としてアルドノニトリル酢酸エステル誘導体化法[6]を適用した。この方法では, 初めに糖のアルデヒド基を塩酸ヒドロキシルアミンでニトリル基に変換した後, ヒドロキシ基を無水酢酸で酢酸エステルに変換した。
炭素数 3~6 のアルドース(C3 : グリセルアルデヒド, C4 : エリトロース, トレオース, C5 : リボース, リキソース, アラビノース, キシロース, C6 : アロース, タロース, マンノース, アルトロース, グルコース, グロース, イドース, ガラクトース)の標準試料をアルドノニトリル酢酸エステル誘導体化法により誘導体化させた。このようにして得た糖の誘導体をガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)に供して分析を行った。
また小天体内部でのホルモース型反応を想定し, ① ホルムアルデヒド : 純水= 10 : 100, ② グリコールアルデヒド : グリセルアルデヒド = 10 : 100, ③ ホルムアルデヒド : グリコールアルデヒド: 純水= 3.6 : 1.8 : 100 のモル比率で混合した溶液(200 µL)と①-③の系に触媒として水酸化カルシウムを加えた系の計6つの試料を調製し, 調製した試料に対して, 加熱(150 ℃, 3日間)またはγ線照射(60Co線源 (東工大), 1.5 kGy/h, 20 h)を行い, その生成物に対しても同様の誘導体化の後にGC/MSにより分析し, 単糖類の生成の有無を検証した。
3. 結果と考察
アルドース標準試料の分析により各アルドースの保持時間とMSスペクトルを得た。各アルドースの保持時間と主なm/z値の結果は、三炭糖:9.7分(m/z 86, 103)、四炭糖:17.7-18.0分(m/z 103, 145) 、五炭糖:24.8-26.0分(m/z 103, 115, 145)、六炭糖:31.0-33.0分(m/z 103, 115, 145)であった。これより, 炭素数が1増加すると, 保持時間が7分程度増加するという相関関係が認められた。
これらの結果と隕石母天体模擬実験によるホルモース型反応生成物の測定結果を比較したところ, 全ての試料の生成物からペントースが, また, γ線照射試料の大部分と加熱試料の一部からはテトロース・ヘキソースの生成が検出された。しかし全体を通して, ヘキソースの生成はトレオースとペントースの生成よりも生じにくい傾向が示唆された。
同じ系においては, γ線照射試料の方が加熱した試料より多くの種類・量のアルドースを生成する傾向が示唆された。量は数十~数百倍程度多かった。したがって, γ線照射によるアルドースの生成は, 加熱により生じるホルモース型反応と違った生成経路である可能性がある。
水酸化カルシウム触媒の影響に関しては, 系によって異なる結果を示した。これは, 水酸化カルシウム触媒によってアルドースの生成が促進されるが, 同時に更なる反応を促進し, 生成したアルドースがより高分子量の物質に変換されたからであると考えられる。
4. 参考文献
[1] G. Cooper et al. (2001) Nature, 414, 879-883.
[2] Y. Furukawa et al. (2019) PNAS, 116, 24440-24445.
[3] G. D. Cody et al. (2011) PNAS, 108 19171-19176.
[4] Y. Kebukawa et al. (2017) Science Advances, 3, e1602093.
[5] Y. Kebukawa et al. (2018) 81st Annual Meeting of The Meteoritical Society, LPI Contribution No. 2067.
[6] 小林 憲正他 (1989) 分析化学, 38, 608-612.
糖及び糖誘導体(以降、糖類と記述)は自然界のいたるところに存在し, 生物学的プロセスに重要な役割を果たす。RNAの構成要素であるリボースはその最たる例であり, 生命の起源を議論する上で必要不可欠な物質である。様々な糖類が隕石中から多数発見されている[1], [2]ことから, 宇宙空間で生成した糖類が隕石などによって原始地球にもたらされた可能性がある。このような前生物的な糖類の生成反応として, ホルモース反応[1,2]が注目されている。ホルモース反応は塩基触媒を用いてアルデヒドから様々な糖を生成する反応[2]であり, さらに反応が進むことにより隕石中の不溶性有機物(IOM)に似た構造を持つ物質が得られること[3]が知られている。また, 系にアンモニアを加えることによってIOM様物質と共にアミノ酸が形成される[4]。
ホルモース反応が起こった可能性のある場所の一つに隕石母天体が考えられている。これは, 隕石母天体に原料であるホルムアルデヒドが存在する可能性が高く, また, 隕石母天体に含まれていた26Alの放射性崩壊によって生じるγ線による熱が反応を促進した可能性があるからである。
これまでホルモース反応による有機物の形成は, 熱による影響が主に調べられていた。しかし, この熱源は26Alなどの放射性核種であるので, その放射線自体が生体関連物質の生成に影響を与えた可能性もあると考えられる[5]。そこで本研究では, 隕石母天体内部を模擬した系に加熱またはγ線照射を行い, 糖類の生成の検証と, 2つのエネルギー源における結果の比較を行った。
2. 実験方法
本研究では糖類の分析としてアルドノニトリル酢酸エステル誘導体化法[6]を適用した。この方法では, 初めに糖のアルデヒド基を塩酸ヒドロキシルアミンでニトリル基に変換した後, ヒドロキシ基を無水酢酸で酢酸エステルに変換した。
炭素数 3~6 のアルドース(C3 : グリセルアルデヒド, C4 : エリトロース, トレオース, C5 : リボース, リキソース, アラビノース, キシロース, C6 : アロース, タロース, マンノース, アルトロース, グルコース, グロース, イドース, ガラクトース)の標準試料をアルドノニトリル酢酸エステル誘導体化法により誘導体化させた。このようにして得た糖の誘導体をガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)に供して分析を行った。
また小天体内部でのホルモース型反応を想定し, ① ホルムアルデヒド : 純水= 10 : 100, ② グリコールアルデヒド : グリセルアルデヒド = 10 : 100, ③ ホルムアルデヒド : グリコールアルデヒド: 純水= 3.6 : 1.8 : 100 のモル比率で混合した溶液(200 µL)と①-③の系に触媒として水酸化カルシウムを加えた系の計6つの試料を調製し, 調製した試料に対して, 加熱(150 ℃, 3日間)またはγ線照射(60Co線源 (東工大), 1.5 kGy/h, 20 h)を行い, その生成物に対しても同様の誘導体化の後にGC/MSにより分析し, 単糖類の生成の有無を検証した。
3. 結果と考察
アルドース標準試料の分析により各アルドースの保持時間とMSスペクトルを得た。各アルドースの保持時間と主なm/z値の結果は、三炭糖:9.7分(m/z 86, 103)、四炭糖:17.7-18.0分(m/z 103, 145) 、五炭糖:24.8-26.0分(m/z 103, 115, 145)、六炭糖:31.0-33.0分(m/z 103, 115, 145)であった。これより, 炭素数が1増加すると, 保持時間が7分程度増加するという相関関係が認められた。
これらの結果と隕石母天体模擬実験によるホルモース型反応生成物の測定結果を比較したところ, 全ての試料の生成物からペントースが, また, γ線照射試料の大部分と加熱試料の一部からはテトロース・ヘキソースの生成が検出された。しかし全体を通して, ヘキソースの生成はトレオースとペントースの生成よりも生じにくい傾向が示唆された。
同じ系においては, γ線照射試料の方が加熱した試料より多くの種類・量のアルドースを生成する傾向が示唆された。量は数十~数百倍程度多かった。したがって, γ線照射によるアルドースの生成は, 加熱により生じるホルモース型反応と違った生成経路である可能性がある。
水酸化カルシウム触媒の影響に関しては, 系によって異なる結果を示した。これは, 水酸化カルシウム触媒によってアルドースの生成が促進されるが, 同時に更なる反応を促進し, 生成したアルドースがより高分子量の物質に変換されたからであると考えられる。
4. 参考文献
[1] G. Cooper et al. (2001) Nature, 414, 879-883.
[2] Y. Furukawa et al. (2019) PNAS, 116, 24440-24445.
[3] G. D. Cody et al. (2011) PNAS, 108 19171-19176.
[4] Y. Kebukawa et al. (2017) Science Advances, 3, e1602093.
[5] Y. Kebukawa et al. (2018) 81st Annual Meeting of The Meteoritical Society, LPI Contribution No. 2067.
[6] 小林 憲正他 (1989) 分析化学, 38, 608-612.