日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 水惑星学

2021年6月5日(土) 15:30 〜 17:00 Ch.02 (Zoom会場02)

コンビーナ:関根 康人(東京工業大学地球生命研究所)、渋谷 岳造(海洋研究開発機構)、玄田 英典(東京工業大学 地球生命研究所)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)、座長:玄田 英典(東京工業大学 地球生命研究所)、関根 康人(東京工業大学地球生命研究所)、臼井 寛裕(東京工業大学地球生命研究所)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)、渋谷 岳造(海洋研究開発機構)

16:45 〜 17:00

[MIS14-18] 原始地球におけるアンモニアの海洋への貯蔵と大気海洋系の熱的安定性

*有馬 銀河1、倉本 圭1 (1.北海道大学)

キーワード:初期地球、アンモニア、大気海洋系、還元大気、暗い太陽のパラドックス

太古の地球における暗い太陽のパラドックスを解決する仮説の1つとして,極めて強力な温室効果ガスであるNH3による温室効果が提唱されている (Sagan and Mullen, 1972). NH3は生命前駆体物質の生成に寄与した可能性があるとも考えられており (Bada and Miller, 1968),地球上での生命誕生の観点からも注目される.NH3は太陽紫外線によりN2に光分解され大気中から短時間で除去される傾向があるが (Kasting, 1982),Sagan and Chyba (1997)はCH4由来のヘイズによる紫外線の遮蔽を考慮すると,十分な温室効果をもたらす大気NH3 (10-5 bar) の寿命は5000年程度にまで延びると推定した.また,もし現在の大気中のN2がすべてNH3として貯蔵され,大気に徐々に供給され続けていたと仮定すると,最大で5億年程度大気中に十分な分圧のNH3が保持されると推定した.しかしNH3の貯蔵の場所や機構については,これまでほとんど議論されてこなかった.

NH3は非常に高い水溶性を持ち,0 ℃かつ1 bar分圧下で純粋な水に200 mol/kg程度溶ける.また,CO2が同時に溶存すると,溶存CO2の解離によって溶液中のH+濃度が増えるため,NH4+濃度が増加しNH3の溶解度が上昇する.したがって,原始地球大気にNH3が含まれていた場合,海洋中には大量のNH3が溶解していたと考えられる.他方,NH3の溶解度は温度に強く依存し,水温が高いほど溶解度は減少する.そのため,NH3の温室効果と海洋からのNH3放出には正のフィードバックがかかる可能性がある.そこで本研究では,原始地球海洋がNH3の長期的貯蔵庫として機能し得たか明らかにすることを目的に,有意な大気NH3を含有する大気海洋系において安定な熱的平衡状態が達成されうるか,達成されるならそのときの温室効果の強さと,大気海洋間のNH3分配を明らかにする理論的検討を行った.大気には鉛直一次元の放射対流平衡モデル,海洋の水温と組成は一様とし,地表面分圧と気温に応じNH3とCO2を溶存成分とする溶解平衡モデルを適用する.

大気組成はN2,NH3,CO2,CH4とし,太陽定数に現在の75%の値を与えた.またNH3鉛直分布はレインアウトを考慮した.アルベドは0.3を仮定し,ラインバイライン計算を行って宇宙空間への惑星放射量を求め,日射吸収と釣り合う地表面気温を大気組成,特にNH3分圧の関数として求めた.溶解平衡の計算においては,海水量を現地球海洋質量とし,溶存種の解離平衡を考慮して,NH3およびCO2分圧の関数として海洋へのNH3溶解量を求めた.簡単化のため,他の溶存成分は無視した.大気海洋系の熱的安定性は,系の全NH3量を固定したときの海洋と溶解平衡にある大気NH3分圧の温度依存性と,大気NH3分圧に対する放射対流平衡地表温度の依存性を比較することにより判断できる.

参照モデルとして,N2分圧が1 barで大気中のCO2混合比とCH4混合比がいずれも10-3,大気海洋系での総NH3量に1.0×1019 mol (現大気に含まれるN2の約3%に相当) を与える.このとき,熱的安定解が1つ存在し,安定解では大気中にNH3は5.8×1016 mol (2.0×10-4 bar) 分配され,地表温度は約330 Kとなった.総NH3molとN2,CO2,CH4分圧を変えた場合にも,熱的安定解が存在した.熱的安定解の地表温度はCH4分圧にほとんど依存しない.NH3,CO2分圧のみを変化させた場合,CO2混合比が10-5のよりも小さいときは273 K~373 Kの間にそれぞれ1か所安定解が得られ,CO2混合比がそれよりも大きいときは低温領域と高温領域の2か所で安定解が得られた.参照モデルからNH3総量のみを増加させると,熱的安定解における地表温度は上昇する.N2分圧により小さい値を与えると,安定解における地表温度は減少した.これらの結果は,太古の地球大気にNH3が存在し海洋との溶解平衡が成立していた場合,液体の水が存在できる地表温度範囲で熱的安定解が存在することを示す.また,海洋が大量の NH3を貯蔵可能なことから,光分解がNH3の主たる消費過程だと仮定すると,約5億年間,NH3による十分な温室効果が持続可能であったことが示唆された.