日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 水惑星学

2021年6月5日(土) 17:15 〜 18:30 Ch.22

コンビーナ:関根 康人(東京工業大学地球生命研究所)、渋谷 岳造(海洋研究開発機構)、玄田 英典(東京工業大学 地球生命研究所)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)

17:15 〜 18:30

[MIS14-P15] ガスハイドレートにおけるメタンガスの安定炭素・水素同位体比の物理的依存性

*工藤 久志1、谷 篤史1、山田 桂太2、吉田 尚弘3 (1.神戸大学 大学院人間発達環境学研究科 人間環境学専攻、2.東京工業大学 物質理工学院 応用化学系、3.地球生命研究所)

キーワード:ガスハイドレート 、メタンガス、氷衛星、安定同位体、同位体分別、物理的依存性

氷衛星では、有機物を含んだ海氷粒子などで構成されるプルームが噴出している事から、地球外生命体が存在する可能性がある。カッシーニによる調査から、プルームには水素分子(H2)や二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、炭化水素が含まれる事(e.g. Porco et al. 2006; Waite et al. 2006, 2009, 2017)が明らかにされてきた。特にCH4は、CH4生成菌によるCH4生成反応など、微生物による生命活動の指標として重要視されている。プルームにおけるCH4の生成過程には、微生物由来の他にも初生のCH4や岩石での地質化学的な生成などもあることから、CH4の存在を検知するだけでは、微生物による生命活動があると言い切ることができない。上記の現状を踏まえ、本研究では、近い将来行われる氷衛星の微量ガスの同位体測定を見据え、CH4の安定炭素・水素同位体(δ13C, δD)の分別の素過程について、氷衛星の環境を模した室内実験により評価する。これを切り口として、各起源のCH4の寄与による同位体分別の定量的な推定を行うことを目的とする。

 その一部として、本研究では、氷地殻–内部海界面でCH4ガスを捕捉し、プルームとしてガスを放出するまでの過程に影響を及ぼすクラスレートハイドレート(Kieffer et al. 2006; Kamata et al. 2019)に着目し、その同位体分別の程度の評価を行う。先行研究(P: 0–6 MPa)では、CH4ハイドレートの生成に伴い、CH4のδDにのみ有意な分別(水+CH4: ~5‰; 氷+CH4: ~10‰)が起きていることが既存研究により確認された(Hachikubo et al. 2007; Lapham et al. 2012)。本研究では、より高い圧力を有する氷衛星の氷地殻–内部海境界の条件におけるクラスレートハイドレートの形成に伴う同位体分別を調査した。

 クラスレートハイドレート試料の生成には、50 MPaまで圧力を保持できるバッチ式特殊環境ハイドレート生成装置を用いた。試料の調製において、高圧セルの温度を室温から275 Kに下げた後、85または400 RPM の速度で純水とCH4の撹拌を行った。ガスの導入は、既存の研究例より少し高めの範囲の圧力(4.4–9.7 MPa)で行った。CH4ガスは、試料生成前のもの(初期ガス)、および、試料生成後にセル内に残ったもの(残ガス)をN2でパージした30 mLバイアル瓶に1 [mL] 採集し、GC-IRMSを用いて安定同位体(δ13C、δD)の測定を行った(測定精度:δ13C = 0.3‰ (n = 6, 1σ), δD = 0.7‰ (n = 4, 1σ))。同位体測定にあたり、δ13C = –48.17‰, δD = –178‰のワーキングスタンダードを用いた。

 同位体測定の結果、δ13C値は残ガス相の方が初期ガスより低くなった。分別の大きさは既存研究のものとほぼ変わらなかったが(|ε| ~1‰)、圧力が高くなるほど低くなる傾向を示した。この観測事実は、クラスレートハイドレートの内部に13Cが、残ガスに12Cがそれぞれ濃縮しやすく、それらの濃縮の度合は圧力が高いほど顕著になることを示唆した。一方、δD値は、残ガス相で6–7 [MPa] 付近を極大(理論値)として増減する傾向が見られた。先行研究(Hachikubo et al. 2007)では、ハイドレート相でδD値が低くなり(CH3Dが取り込まれにくい)、かつ、ゲスト–ホスト相互作用による影響をほとんど受けていないことが報告された。さらに、別の研究により、微小空間において、6–8 [MPa] でCH4ガスの取り込み率やハイドレート生成速度が急増したことも報告されている(Casco et al. 2015)。上記の結果とそれらの知見から、ハイドレート生成に伴うδD値の同位体分別において、ホストケージの水分子による影響をほとんど受けず、かつ、6–7 [MPa] でHしか持たないCH4分子が最も取り込まれやすい状態となることが考えられる。加えて、試料生成時の撹拌速度が高い場合に、残ガス相中のδ13C値が低くなり(p < 0.05, n = 8)、理論的なδD極大となる圧力が低くなる傾向(85 [RPM]: 7.1 [MPa], 400 [RPM]: 5.7 [MPa])が見られた。撹拌速度が高いほど、安定性やゲストガスの貯蔵容量が高くなることも報告されている(Wijayanti 2018)。上記の傾向と報告例から、試料生成時の攪拌が速いと、ハイドレート中に13Cが取り込まれやすくなる分だけハイドレートの安定性が増し、かつ、低い圧力でもHのみを持つCH4分子が最も取り込まれやすい状態となることが考えられる。

 以上の結果から、氷衛星のクラスレートハイドレートがCH4ガスの輸送・放出過程に及ぼす影響には、生成時の圧力や攪拌速度(内部海の流速などと関連)などの物理的条件が重要な要素として効きうることが分かった。