13:45 〜 14:07
[MIS16-01] 微量炭酸塩安定同位体分析技術の応用展開と新たな高解像度環境解析
★招待講演
キーワード:微量分析、安定同位体、炭酸塩
炭酸塩,特に炭酸カルシウム(CaCO3)の炭素酸素安定同位体組成(δ13C,δ18O)は,生成当時の環境履歴をその同位体値に記録することから,過去60年以上にわたり世界中の地球科学研究で活用されてきた.生物源炭酸塩殻の安定同位体組成は,海水のδ18O(塩分変動・全球氷床量)と水温履歴,そして溶存無機炭素(DIC)のδ13Cを記録するので,古環境解析や物質循環・環境変動メカニズムの解明に関わる基礎情報として重要である.また,堆積物中や岩石中で無機沈殿によって形成される炭酸塩の安定同位体組成も,生成に伴う環境履歴を記録していることから,周辺水の温度や流体に含まれる炭素源の推定に活用することができる.
近年では古環境解析において環境周期変動のさらなる高解像度解析のために微量炭酸塩の安定同位体比分析のニーズが高まっている.しかし,環境変動解析に有用な精度での分析には高価で複雑な分析システムが必要で,最新の分析システムでも20μg以上の炭酸塩が必要であり,これが当該研究進展の大きな壁となってきた.有孔虫を例にあげると,現行の石灰質有孔虫殻の安定同位体比分析には数個体〜数十個体が必要であり,個体毎の分析では殻サイズが大きめのものに限られる.そのため,高緯度域の浮遊性有孔虫や深海の底生有孔虫など,貧産出もしくは小型の有孔虫のみが産出する場ではそれ自体が研究対象に成り得なかった.また,この分析技術の限界によって,数千種にもおよぶ底生有孔虫の中で安定同位体比分析に用いられた種は数えるほどしかなかった.
このような状況の中,私たちは微小な石灰質生物殻の安定同位体組成を定量し,環境プロキシーとして積極的に活用することができる分析システム(MICAL: Ishimura et al., 2004, 2008)を開発した.CaCO3を分析した際の外部精度はδ13C,δ18Oともに±0.1‰程度であり.0.1 µg以上の炭酸塩(CO2で1nmolに相当,最新の商用分析システムと比べても1/100以下)でも同位体比を定量可能で,ナノグラムオーダーの炭酸塩の安定同位体組成を古海洋学・環境解析学に有用な精度で簡便に分析することが可能である.これまでの安定同位体比分析と比較すると,(1)サンプル量が少なく同位体比分析が困難であった試料を研究対象することが可能で,貴重な測定対象の消失も最小限に抑えることができ,(2)分析に用いる炭酸塩量を事前に秤量する必要が無く,試料サイズに対する自由度が高い(0.1~500µgまでの分析実績がある),また(3)反応した炭酸塩重量を高感度で簡単に定量でき,さらに(4)質量分析計に導入しなかったガスを保持することによって,複数回の導入・分析が可能で,必要に応じて分析値の検証や分析精度の向上が可能,という特徴がある.
このMICALを用いた応用研究は,安定同位体分析用の国際標準物質の均質性の評価(Ishimura et al., 2008; Nishida and Ishimura 2017),世界初となる有孔虫個体ごとの同位体比のバラツキ特性の解明と絶対環境指標の開発(e.g. Ishimura et al., 2012),その特性を用いた環境解析への応用と高度化(e.g. Sadekov et al., 2016; Ujiie et al., 2019.),浮遊性有孔虫の成長部位ごとのδ13C,δ18O解析法の確立(Takagi et al., 2015, 2016)などの研究成果で古環境解析解析手法の高精度化に結びついている.
一方で異分野展開,特に水産分野との融合による魚類の回遊履歴解析への応用も進んでいる.魚類の頭部に存在する耳石(CaCO3)は成長輪を形成し,成長段階毎の環境履歴を安定同位体組成として記録する.そのため,個体が経験した水温をδ18Oから復元することが可能であり,これまで未知であった魚類の回遊経路の理解に結び付く.私たちは高精度切削システムGeomill326(坂井,2015)とMICALを活用し,回遊経路が未知の魚類について耳石を成長段階ごとに切削・回収し,δ18Oから魚類の回遊履歴全体を高解像度で再現できるかどうかについて検討をすすめてきた.その結果,魚種によっては1日毎の高時間分解能での経験水温履歴を抽出することも可能になってきている.さらに,マイワシの数日レベルのδ18O履歴と海洋モデルを融合した解析では,個体レベルでの回遊履歴の復元も実現されている(Sakamoto et al., 2019).これは,世界で初めて小型魚種の回遊履歴を高解像度で解析した成果であるとともに,今後他魚種に応用可能な手法として世界に先駆けたブレークスルーとなる研究である.本発表では,古環境解析分野のみならず,異分野との融合による新たな応用展開についても紹介する.
近年では古環境解析において環境周期変動のさらなる高解像度解析のために微量炭酸塩の安定同位体比分析のニーズが高まっている.しかし,環境変動解析に有用な精度での分析には高価で複雑な分析システムが必要で,最新の分析システムでも20μg以上の炭酸塩が必要であり,これが当該研究進展の大きな壁となってきた.有孔虫を例にあげると,現行の石灰質有孔虫殻の安定同位体比分析には数個体〜数十個体が必要であり,個体毎の分析では殻サイズが大きめのものに限られる.そのため,高緯度域の浮遊性有孔虫や深海の底生有孔虫など,貧産出もしくは小型の有孔虫のみが産出する場ではそれ自体が研究対象に成り得なかった.また,この分析技術の限界によって,数千種にもおよぶ底生有孔虫の中で安定同位体比分析に用いられた種は数えるほどしかなかった.
このような状況の中,私たちは微小な石灰質生物殻の安定同位体組成を定量し,環境プロキシーとして積極的に活用することができる分析システム(MICAL: Ishimura et al., 2004, 2008)を開発した.CaCO3を分析した際の外部精度はδ13C,δ18Oともに±0.1‰程度であり.0.1 µg以上の炭酸塩(CO2で1nmolに相当,最新の商用分析システムと比べても1/100以下)でも同位体比を定量可能で,ナノグラムオーダーの炭酸塩の安定同位体組成を古海洋学・環境解析学に有用な精度で簡便に分析することが可能である.これまでの安定同位体比分析と比較すると,(1)サンプル量が少なく同位体比分析が困難であった試料を研究対象することが可能で,貴重な測定対象の消失も最小限に抑えることができ,(2)分析に用いる炭酸塩量を事前に秤量する必要が無く,試料サイズに対する自由度が高い(0.1~500µgまでの分析実績がある),また(3)反応した炭酸塩重量を高感度で簡単に定量でき,さらに(4)質量分析計に導入しなかったガスを保持することによって,複数回の導入・分析が可能で,必要に応じて分析値の検証や分析精度の向上が可能,という特徴がある.
このMICALを用いた応用研究は,安定同位体分析用の国際標準物質の均質性の評価(Ishimura et al., 2008; Nishida and Ishimura 2017),世界初となる有孔虫個体ごとの同位体比のバラツキ特性の解明と絶対環境指標の開発(e.g. Ishimura et al., 2012),その特性を用いた環境解析への応用と高度化(e.g. Sadekov et al., 2016; Ujiie et al., 2019.),浮遊性有孔虫の成長部位ごとのδ13C,δ18O解析法の確立(Takagi et al., 2015, 2016)などの研究成果で古環境解析解析手法の高精度化に結びついている.
一方で異分野展開,特に水産分野との融合による魚類の回遊履歴解析への応用も進んでいる.魚類の頭部に存在する耳石(CaCO3)は成長輪を形成し,成長段階毎の環境履歴を安定同位体組成として記録する.そのため,個体が経験した水温をδ18Oから復元することが可能であり,これまで未知であった魚類の回遊経路の理解に結び付く.私たちは高精度切削システムGeomill326(坂井,2015)とMICALを活用し,回遊経路が未知の魚類について耳石を成長段階ごとに切削・回収し,δ18Oから魚類の回遊履歴全体を高解像度で再現できるかどうかについて検討をすすめてきた.その結果,魚種によっては1日毎の高時間分解能での経験水温履歴を抽出することも可能になってきている.さらに,マイワシの数日レベルのδ18O履歴と海洋モデルを融合した解析では,個体レベルでの回遊履歴の復元も実現されている(Sakamoto et al., 2019).これは,世界で初めて小型魚種の回遊履歴を高解像度で解析した成果であるとともに,今後他魚種に応用可能な手法として世界に先駆けたブレークスルーとなる研究である.本発表では,古環境解析分野のみならず,異分野との融合による新たな応用展開についても紹介する.