日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS16] 古気候・古海洋変動

2021年6月4日(金) 13:45 〜 15:15 Ch.26 (Zoom会場26)

コンビーナ:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、山崎 敦子(九州大学大学院理学研究院)、山本 彬友(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)、座長:山崎 敦子(九州大学大学院理学研究院)

14:45 〜 15:00

[MIS16-04] オアフ島産現生サンゴ骨格中Sr/Ca比を用いた水温復元 -数十年規模での貿易風との関わり-

*内山 遼平1、渡邊 剛1,2、野尻 太郎3、渡邉 貴昭1,4、サミュエル カン5、山崎 敦子1,2,6 (1.北海道大学理学院、2.喜界島サンゴ礁科学研究所、3.北海道大学理学部、4.キール大学、5.ハワイ大学マノア校、6.九州大学大学院理学研究院)


キーワード:サンゴ、ハワイ、Sr/Ca比、SST、貿易風

造礁サンゴは, 炭酸カルシウムの骨格を一年に約1cmの速さで付加しながら成長する. 骨格中の組成は, 生育した環境を記録することが知られており, 過去の海洋環境を高い時間分解能で復元することが可能である. なかでもサンゴ骨格中のストロンチウム/カルシウム比(Sr/Ca比)は表層の海水温(SST)と負の相関をもつことから, 過去のSSTを調べるために用いられており, さまざまな海域で古水温の復元が行われてきた(Beck et al., 1992; Gagan et al., 2000など). しかし, ハワイにおいては, サンゴ骨格を用いた水温復元の先行研究例は少ない. ハワイの位置する北太平洋では, 水温の数十年規模の変動パターンが生じていることが知られている(Mantua et al., 1997; Di Lorenzo et al., 2008など). 広大な海洋における気候変動を大陸から離れた場所で捉えるという意味でハワイは重要なフィールドであるが, 現場観測による長期水温の記録は数少ない. このような背景から本研究では, サンゴ骨格を用いた地球化学的アプローチによって, 数十年~百年規模の水温変動を明らかにすることを目的とした.

本研究では試料として, ハワイオアフ島の2地点(東部, 西部)で採取された現生ハマサンゴの骨格試料を用いた. スラブ状に加工した骨格をX線照射することで年輪を確認し, 最大成長方向に沿った0.2mm間隔で粉末試料を採取した. 骨格中のSr/Ca比の測定には誘導結合プラズマ発光分析器(ICP-OES)を用いた. 各粉末試料の日付は, 測線に沿ったSr/Ca比の極大(小)値を, 時系列に沿った水温変動の極小(大)値に結び合わせることで推定できる. はじめに, 東部のサンゴ骨格中のSr/Ca比と, サンゴ近傍で測定されたロガー水温および衛星による広域観測水温を参照して, Sr/Ca比による温度換算式を導出した(キャリブレーション). 続けてこの温度換算式を, 東部(野尻MS, 2017)と西部の長尺骨格コア中のSr/Ca比に適用することによって, Sr/Ca比を水温に換算した.

分析の結果, 東部のサンゴ骨格中Sr/Ca比と水温の間には強い負の相関が見られ, その一次近似式から得られる関係式は, これまで報告されてきた他地域でのキャリブレーション結果(Gagan, 2000; Swart, 2002; Corrège, 2006)と概ね一致していることがわかった. 加えて, 復元水温と観測水温の誤差(1σ)も1℃未満であり, 水温計として高い精度をもっていることがわかった. また, 時間解像度についても粉末試料一つにつきわずか2週間ほどと高く, ハワイ産のサンゴ骨格を用いた古水温の復元が, 高精度かつ高時間解像度で可能であることが明らかになった. このSr/Ca比-水温換算式を, 長尺骨格コア中Sr/Ca比の分析結果に適用することで, 東部では1920年代, 西部では1950年代にまで遡った水温を復元することができた. それぞれの平均的な季節変動を取り除いた長期的な水温の変動は東部と西部では同調しておらず, 共通期間における水温の東西差は, 数十年の規模で±約2℃の振幅で変動していることがわかった. この水温の東西差は, オアフ島周辺の北東風強度(m/s)と強い相関をもっており, 北東風が強(弱)い時に風上(島陰)にあたるオアフ島の東(西)部で水温が高いという傾向があった. ハワイ諸島周辺に吹く地表風の大部分を占めているのは北東の亜熱帯高気圧に由来する貿易風であることが知られており(Sanderson et al., 1993; Garza et al., 2012), この貿易風の風応力によってハワイ諸島の外洋の海水温が変動することが指摘されている(Xie et al., 2001). 沿岸域での水温変動を復元した本研究結果は, 貿易風に対する水温の応答の仕方が, 島内でも場所によって異なることを明らかにした. そして観測記録以前にまで遡る水温変動の復元によって, 数十年規模の貿易風強度の変動が, ローカルな水温を制御している可能性を示した.