日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS16] 古気候・古海洋変動

2021年6月5日(土) 09:00 〜 10:30 Ch.26 (Zoom会場26)

コンビーナ:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、山崎 敦子(九州大学大学院理学研究院)、山本 彬友(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)、座長:山本 彬友(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)

09:45 〜 10:00

[MIS16-14] バイカル湖湖底堆積物を用いたベーリングアレレード期から完新世後期における有機物の流入変動の復元

*竹原 景子1、中國 正寿2、山本 修一3 (1.高知大学大学院総合人間自然科学研究科、2.香川大学農学部、3.創価大学大学院工学研究科環境共生工学専攻)

キーワード:バイカル湖、TMAH法、完新世

North Greenland Ice Core Projectで得られた氷床コアの酸素安定同位体比から復元された過去13万年間の気温の変化は、13万年から2万年前にかけて周期的な気温変化による気候変動を示した。加えて、最終退氷期 (17,500年前)以後の完新世 (11,700年前)は、それまでの気温変化と比較して、より安定した温暖期となったことを示している。しかし近年、Bond et al. (1997) によって、完新世においても急激な気候変化が生じていたことが報告された。それにより、最終退氷期の変動は汎世界的に、完新世気候変動は地域的に生じていたことが最近の認識であり、この気候変動に対応してどのような環境変化が生じていたのかについてはまだ議論が続いている。最終退氷期から完新世にかけての環境変動の復元は、短期間に生じる気温変動に対してどのような環境変動が起こりうるのかを予測するために重要な情報となりえる。しかし、北大西洋やインド洋の報告が多くを占め、大陸は古環境復元の対象となる試料の確保が難しいことも原因となり、実態の解明が遅れている。

シベリア南東部に位置するバイカル湖は、日射量の変化に対して、気温変化が最も鋭敏に応答する地域である (Short et al., 1991)。また、バイカル湖周辺の植生は、モンゴルのステップやタイガの境界線が南北に変動するなど、気候変動の影響を受けることがわかっている (Kataoka et al., 1999)。そのため、大陸内で生じた気候変動を詳細に記録しているとされ、様々な古環境プロキシを用いて、気候変動解析が行われてきた。しかし、氷期・間氷期スケールの議論が多くを占め、その時間分解能の荒さ (> 1 kyr sample–1) により、ベーリングアレレード期やヤンガードリヤス期、そして完新世における気候変動など短期間に起こる急速な気候変動を解明することは困難であった (Horiuchi et al., 2000)。そこで本研究では、高時間分解能 (50–100 year sample–1) での解析を可能としたバイカル湖堆積物の有機物変化から、最終退氷期から現在にかけての気候変動とそれに伴う湖内への有機物の流入変動の復元を行う事を目的とした。

本研究では、バイカル湖アカデミシャンリッジで採取されたver98-1 st. 5グラビティコアを用いた。ベーリングアレレード期に当たる深度70〜63 cm、完新世のプレボリアル期からサブボリアル期にあたる深度60〜20 cm (約11,000年から約2000年前)にかけて、 TOCは1–2%と前後の時代と比べてやや高く、またC/N比も8.4–11.3と高いことから、陸起源有機物の寄与が高かったことを示している。また、リグニンの酸化的分解度を示すバニリルフェノールの酸/アルデヒド比 (以下、(Ad/Al)vと示す)は、最大で5.6を示したことから、流入した陸起源有機物は酸化的な分解が進んだ比較的古い有機物であることを示唆している。また、同様の深度においてcholestanol/cholesterol比が高かったことから、還元環境であったことを示唆している。このことから、ベーリングアレレード期及びサブボリアル期にかけて、陸上から大量の比較的古い炭素の流入が生じ、湖底には還元環境が形成されていたことが推測された。さらに、同時期にかけてδ13C値は−26から−29‰と軽い同位体比を示したこと、また植生の指標であるリグニンのC/V比とS/V比は高い値を示したことから、陸起源有機物は主にC3被子植物の非木質部由来(草本や葉)であることを示唆している。最終退氷期から約6,000年前にかけてのバイカル湖周辺の植生は永久凍土帯に特徴的なツンドラ (草本)で構成されており (Demske et al., 2005)、バイカル湖周辺の凍土融解水のδ13C値は −25〜−27.6 ‰ (Tesi et al., 2016)、カナダの永久凍土層の春季の融解による(Ad/Al)vは3.6と著しく高い値をとることが報告されている (Woods et al., 2011)。加えて、同地点で採取されたver98-1 st.5 パイロットコアからは、永久凍土帯に分布する湖沼堆積物中の凍土融解を示す指標とされる高濃度の全硫黄 (Katsuta et al., 2019)が同時期に確認されている (Watanabe et al., 2003)。これらの結果から、プレボリアル期から完新世後期にかけての比較的古い陸起源有機物の大量の流入は、永久凍土または凍結融解層 (活動層)の融解に伴う凍土融解水や草本植物の湖内への流入が原因であると考えられる。また、亜永久凍土層中にはバクテリアが存在し、硫酸還元が生じていることが示唆されている (Onstott et al., 2009)。そのため、永久凍土または活動層の融解伴い、湖内に硫酸還元バクテリアおよび高い有機物流入が生じ、湖底に還元環境を形成したことが推測される。

これまでにバイカル湖南湖盆やフブスグル湖においてもベーリングアレレード期およびプレボリアル期におけるシベリア永久凍土融解が報告されている (Katsuta et al., 2019)が、本研究では加えてさらに新しい時代のサブボリアル期にもシベリア永久凍土融解があったことが推察された。