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[MIS22-06] 中国・白雁坑地質文化村の整備による土地利用および社会経済への影響
キーワード:地質文化村、内発的発展、榧、土地利用、農村振興、白雁坑村
1. はじめに
中国では農業・農村・農民という三農問題が長年の問題である.近年,都市と農村の格差から生じた「農業辺縁化」「農村空洞化」「農民高齢化」という新三農問題が表れている(龍ほか 2018).三農問題を解決するために,さまざまな農村振興のブランドが行政側によって行われている.その中で,人が多く耕地が少ない浙江省では地質文化村の整備を中国で初めて提唱した.これは新しい内発的発展のモデルと考えられる.中国ではジオパークがいつも政府主導の運営方式(深見 2014)であるのに対して,地質文化村は地域住民が参画・管理することが望ましいとされる.そこで,本研究は初めて地質文化村と指定された白雁坑村を事例にして,地質文化村による地質資源保全と利用が,村の土地利用,産業再編,社会と経済発展に与える影響を明らかにすることを目的とする.本研究の使用データは,白雁坑村民委員会への聞き取り調査,浙江省地質档案館の調査報告書,政府の統計年鑑などを含む.
2. 研究対象地域
白雁坑村は中国浙江省紹興市会稽山の中にある伝統的な村で,標高約800mの山腹に位置している.会稽山の先住民が風化した白亜紀の火山岩地層に接ぎ木と人為淘汰の技術で二千年をかけて榧の森林を育ててきた.会稽山の古代中国榧林が2013年に世界農業遺産に登録された後,白雁坑村は美しい火山岩景観を持っているため,地質文化村として整備が始まった.白雁坑村の面積は6.03km2で,2019年の居住者は251戸,合計760人である.2019年の土地利用状況は榧林23.2%,ほかの森林31.55%,茶園26.3%,湿原5.3%,耕地4.5%であり,集落などの建設用地が9.15%を占めている.住民の主な生業は榧の実とお茶の栽培・販売である.
3. 地質文化村の整備による土地利用と社会経済の変容
地質文化村として整備されて以来,白雁坑村では以下の変化がみられている.2013年から2019年にかけて,①白雁坑村の戸籍人口総数および村外の都市で一時的な仕事に就く人数が減少している一方で,常住人口と村内で農業・サービス業に就く人数が増加している.②榧の栽培面積が次第に増加している一方,お茶の栽培面積が減少している.林地を破壊して榧の木を栽培するケースもいくつか表れている.③道路,駐車場などの整備が進展した.④ジオツーリズム,民宿,特色ある農産品販売の展開によって,住民の所得増加と経済活動拡大が起きている.
4. 土地利用と社会経済の変化要因
白雁坑村にはもともと榧の木を育てやすい土壌を持っているという基盤がある.その上で,榧の実の収益がお茶より高いので,お茶をやめて榧の木を栽培する住民がいる.それはジオツーリズムの観光客への販売の影響があるとみられる.また,村内の就業機会と所得の増加によって村から都市へ出て臨時就業する人が少なくなっている.地質文化村の整備による労働力需要の増加と居住環境の改善で常住人口が増えているとみられる.白雁坑村には工業がないので,費(1985)が提唱した「離土不離郷」(土・農耕を離れても郷里を離れない)の蘇南モデルとは一部異なる一方,ジオツーリズムによる民宿,農産品加工・販売で住民のUターンが期待される.さらに,行政側による政策・資金・技術などの支援,村民委員会が示す積極性なども社会・経済変化の要因だとみられる.
5. まとめ
地質文化村は村自身の地質資源を生かし,伝統の継承と文化の再構築を目指し,内発的発展モデルの一つと考えられる.適切な土地利用,社会経済の発展,三農問題の解決には積極的な影響を与えている.一方,持続性を維持するために,自然林破壊などの過剰開発をしないように住民の自主管理,地域の状況に適応する開発などの研究が今後の課題である.
参考文献
宇野重昭・朱通華編 1991.『農村地域の近代化と内発的発展論―日中「小城鎮」共同研究―』国際書院.
費孝通 1985.『小城鎮四記』新華出版社.
深見聡 2014.『ジオツーリズムとエコツーリズム』古今書院.
龍花楼・張英男・屠爽爽 2018.論土地整治与郷村振興.地理学報73:1837-1849.
中国では農業・農村・農民という三農問題が長年の問題である.近年,都市と農村の格差から生じた「農業辺縁化」「農村空洞化」「農民高齢化」という新三農問題が表れている(龍ほか 2018).三農問題を解決するために,さまざまな農村振興のブランドが行政側によって行われている.その中で,人が多く耕地が少ない浙江省では地質文化村の整備を中国で初めて提唱した.これは新しい内発的発展のモデルと考えられる.中国ではジオパークがいつも政府主導の運営方式(深見 2014)であるのに対して,地質文化村は地域住民が参画・管理することが望ましいとされる.そこで,本研究は初めて地質文化村と指定された白雁坑村を事例にして,地質文化村による地質資源保全と利用が,村の土地利用,産業再編,社会と経済発展に与える影響を明らかにすることを目的とする.本研究の使用データは,白雁坑村民委員会への聞き取り調査,浙江省地質档案館の調査報告書,政府の統計年鑑などを含む.
2. 研究対象地域
白雁坑村は中国浙江省紹興市会稽山の中にある伝統的な村で,標高約800mの山腹に位置している.会稽山の先住民が風化した白亜紀の火山岩地層に接ぎ木と人為淘汰の技術で二千年をかけて榧の森林を育ててきた.会稽山の古代中国榧林が2013年に世界農業遺産に登録された後,白雁坑村は美しい火山岩景観を持っているため,地質文化村として整備が始まった.白雁坑村の面積は6.03km2で,2019年の居住者は251戸,合計760人である.2019年の土地利用状況は榧林23.2%,ほかの森林31.55%,茶園26.3%,湿原5.3%,耕地4.5%であり,集落などの建設用地が9.15%を占めている.住民の主な生業は榧の実とお茶の栽培・販売である.
3. 地質文化村の整備による土地利用と社会経済の変容
地質文化村として整備されて以来,白雁坑村では以下の変化がみられている.2013年から2019年にかけて,①白雁坑村の戸籍人口総数および村外の都市で一時的な仕事に就く人数が減少している一方で,常住人口と村内で農業・サービス業に就く人数が増加している.②榧の栽培面積が次第に増加している一方,お茶の栽培面積が減少している.林地を破壊して榧の木を栽培するケースもいくつか表れている.③道路,駐車場などの整備が進展した.④ジオツーリズム,民宿,特色ある農産品販売の展開によって,住民の所得増加と経済活動拡大が起きている.
4. 土地利用と社会経済の変化要因
白雁坑村にはもともと榧の木を育てやすい土壌を持っているという基盤がある.その上で,榧の実の収益がお茶より高いので,お茶をやめて榧の木を栽培する住民がいる.それはジオツーリズムの観光客への販売の影響があるとみられる.また,村内の就業機会と所得の増加によって村から都市へ出て臨時就業する人が少なくなっている.地質文化村の整備による労働力需要の増加と居住環境の改善で常住人口が増えているとみられる.白雁坑村には工業がないので,費(1985)が提唱した「離土不離郷」(土・農耕を離れても郷里を離れない)の蘇南モデルとは一部異なる一方,ジオツーリズムによる民宿,農産品加工・販売で住民のUターンが期待される.さらに,行政側による政策・資金・技術などの支援,村民委員会が示す積極性なども社会・経済変化の要因だとみられる.
5. まとめ
地質文化村は村自身の地質資源を生かし,伝統の継承と文化の再構築を目指し,内発的発展モデルの一つと考えられる.適切な土地利用,社会経済の発展,三農問題の解決には積極的な影響を与えている.一方,持続性を維持するために,自然林破壊などの過剰開発をしないように住民の自主管理,地域の状況に適応する開発などの研究が今後の課題である.
参考文献
宇野重昭・朱通華編 1991.『農村地域の近代化と内発的発展論―日中「小城鎮」共同研究―』国際書院.
費孝通 1985.『小城鎮四記』新華出版社.
深見聡 2014.『ジオツーリズムとエコツーリズム』古今書院.
龍花楼・張英男・屠爽爽 2018.論土地整治与郷村振興.地理学報73:1837-1849.