日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS23] 山の科学

2021年6月4日(金) 13:45 〜 15:15 Ch.13 (Zoom会場13)

コンビーナ:鈴木 啓助(信州大学山の環境研究センター)、苅谷 愛彦(専修大学文学部環境地理学科)、佐々木 明彦(国士舘大学文学部史学地理学科 地理・環境コース)、奈良間 千之(新潟大学理学部フィールド科学人材育成プログラム)、座長:今野 明咲香(常葉大学)

14:00 〜 14:20

[MIS23-14] 生物多様性創出における山岳域の役割

★招待講演

*鈴木 智也1、東城 幸治1,2 (1.信州大学理学部、2.信州大学 先鋭領域融合研究群 山岳科学研究所)

キーワード:系統地理、生物多様性、遺伝的多様性

生物多様性創出機構の解明は、生物学における極めて重要な課題である。山岳域は生物多様性創出の要因を探る上で、好適な環境のひとつと言える。山岳域の環境は、低温、強風、強紫外線など、生物にとって厳しい環境であるため、山岳環境に適応し、独自の進化を遂げた生物種群が多く生息している。特に高山帯に適応した種群は、低山環境での生息が難しく、移動分散が高山帯のみに制限されるため、山塊毎に特殊な系統が進化する場合がある。私たちはこれまで、山地帯から高山帯までの幅広い環境に生息する昆虫であるスカシシリアゲモドキ (シリアゲムシ目,シリアゲモドキ科) に着目して研究を展開してきた。本種は、亜高山帯から高山帯にかけて、メスの翅が短くなる「高山型」が出現することが知られており、低山に生息する翅の長い「普通型」と別種であることが示唆されていた。そこで、ミトコンドリアDNAおよび核DNAの部分配列を用いた分子系統解析を実施した結果、低山帯に生息する普通型から、少なくとも2回、高山型が独立並行的に進化したことが明らかとなった。すなわち、高山型は高山環境に適応した「エコモルフ」であると言える。このように山岳域は、生物の興味深い特殊化・適応進化を駆動する重要な環境である。これに加え、山岳域は生物多様性創出に関わるもう一つの重要な役割を果たしている。それが地理的障壁としての機能である。低地に生息する生物は、標高の高い山岳の形成によって生息地が分断化され、集団間の遺伝的交流がなくなる場合がある。これにより、分断化した集団ではそれぞれに独自の遺伝的変異が蓄積されることとなる。私たちはこのような視点から、山岳域が地理的障壁となり得る生物として、池沼に生息する水生昆虫のコオイムシ類(カメムシ目,コオイムシ科) に着目し、分子系統解析を実施してきた。その結果、東アジア産コオイムシ類2種のうち、コオイムシでは中国山地、オオコオイムシでは奥羽山脈や中部山岳域が地理的境界(移動分散における障壁)となり、遺伝的分化に大きく寄与ことが明らかとなった。これらの遺伝的境界やその周辺地域についてファイン・スケールでのサンプリングを実施し、分子系統解析を行ったところ、コオイムシでは山陽地方 (広島県および山口県)、オオコオイムシでは青森県、新潟県および福島県内の障壁の周辺域で系統分化した系統間の二次的接触が確認された。このように独自の遺伝的変異を蓄積した集団間の二次的接触は、生物の遺伝的多様性の創出・維持において極めて重要である。コオイムシ類における事例は、山岳形成が種分化などのイベントのみではなく、種内の遺伝的多様性創出・維持においても重要な役割を担っていることを示すものである。以上のように、山岳域は生物における様々なレベルの多様性創出に深く関連している極めて重要な環境であると言える。